高度化するサイバー攻撃は、情報漏洩やサービス停止といった重大インシデントを引き起こし、企業に深刻な影響を与えます。しかし、インシデント管理の導入については、「何から着手すべきか」と悩む現場の声も聞かれます。
本記事では、「インシデント管理とは何か」という基本や目的・プロセスの流れをわかりやすく解説します。フロー図や事例紹介を交えてお伝えしますので、これから対策を始めたい企業の皆様はぜひご一読ください。
インシデント管理とは?
インシデント管理とは、ITサービスの中断や品質低下といった問題(インシデント)が発生した際に、迅速にサービスを正常な状態に復旧させるための対応プロセスです。例えば、システムにログインできない、アプリが突然停止する、データが表示されないなどの状況がインシデントにあたります。
ITILの定義から見るインシデント管理の目的
ITサービスの運用に関する国際的なベストプラクティス集である「ITIL(アイティル)」では、インシデント管理に対して「ITサービスの中断を最小限に抑え、通常の運用を迅速に復旧させるプロセス」と定義しています。
この定義を踏まえると、インシデント管理の目的は以下のように整理できます。
目的 | 内容 |
サービス復旧の迅速化 | 障害発生時は即正常な状態に戻し、システム停止の影響を最小限に抑制 |
業務への影響を最小化 | サービスが止まっても、業務全体へのダメージをできる限り軽減 |
顧客満足度の維持 | トラブル時は迅速に対応して、ユーザーの信頼や安心感を確保 |
業務継続性の確保 | 重要な業務が完全に止まらないよう、最低限の機能を維持 |
対応の標準化 | インシデント対応を属人化させず、同じレベルの品質を維持 |
重要なのは、ITILにおけるインシデント管理の目的は「原因を突き止めること」ではないという点です。一刻も早くサービスを元通りにすることを最優先としなければいけません。
問題の根本原因を追究し、再発防止策を考えるのは、「問題管理」という別のプロセスで取り組むべきことなのです。
インシデント管理と問題管理の違い
インシデント管理とよく混同されるのが「問題管理」です。より良い対応や運用を目指すためにも、まずはこの二つの違いをしっかり理解しておきましょう。
項目 | インシデント管理 | 問題管理 |
目的 | サービスを早く元に戻すこと | 原因を探し出し、再発を防ぐこと |
重視事項 | 対応のスピード | 分析の正確さ |
タイミング | インシデントが起きたとき | 解決後や傾向が見えたとき |
例えば「システムにログインできない」トラブルが発生した場合、インシデント管理はサーバー再起動などで即座に復旧し、使える状態に戻すことを優先します。対して問題管理は、「なぜログインできなかったのか」を徹底的に調査し、再発防止策を講じます。
このように、両者の視点を持つことで、迅速な復旧と長期的なシステム安定稼働の両立が可能になるのです。
アクシデントもインシデントと似た言葉と思われがちですが、実は言葉の持つ意味合いや状況が大きく異なります。以下の記事を参考に、これらの言葉が持つ本来の意味と使われ方も理解しておきましょう。
インシデント管理の課題
インシデント管理の現場では、以下のような課題点が見られます。
- 問い合わせが多すぎて、手が回らない
- 誰が対応しているのか分からない
- 対応がかぶってしまう
- 特定の詳しい人にばかり負担が集中する
- 情報共有の時間が取れず、連携がうまくいかない
こうした課題を少しでも減らすには、「誰でも同じように動ける仕組み」を作ることが大切です。プロセスを標準化し、チーム全体で助け合いながら対応できるような体制を整えることで、ひとりに負担が偏らず、よりスムーズな運用ができるようになります。
忙しい現場を助けるエクセル業務効率化
このように、インシデント管理の現場では、業務標準化・効率化が重要課題となっています。しかし、日々の業務に忙殺される中で、「仕組み作り」に着手する時間やノウハウがないと感じている企業様もいらっしゃるのではないでしょうか?
日々の煩雑な業務を効率化する際、身近なエクセル業務を見直すことも有効です。「エクセル業務を効率化するための実践ガイド」は、定型作業の自動化方法、クラウドデータ管理による情報共有効率化など、日々の業務負担を軽減するエクセルの実践方法を無料で紹介しています。
インシデント管理の基本フロー
ここでは、IPA(情報処理推進機構)の「インシデント対応の基本ステップ」に基づいたインシデント管理フローを見ていきましょう。インシデント管理の基本を示したフロー図を参照しながら、各ステップをわかりやすく解説します。
インシデント管理をする前の準備
インシデント管理の前には、以下の情報を整理しておきましょう。インシデント発生時は誰もが混乱しがちなので、まずは下準備から着実に進めていってください。
- インシデントの種類(情報漏えい、ウイルス感染など)
- 関係する組織や事業者(自社や委託先を含む)
- 影響を受けたシステムの場所や構成
- 発見した日時と実際に発生したと思われる日時
- 現時点でわかっている被害や影響
- これまでの対応の流れ
- 考えられる原因
- 被害を受けたシステムの状況
インシデント管理の流れ
では、インシデント管理のフローへ進みます。まずは、IPAの定義に基づいたインシデント管理の基本的なフロー図を見てください。
↓
情報セキュリティ責任者へ報告
↓
経営者への報告・対応体制構築
↓
初動対応(システム隔離など)
↓
状況調査・情報整理
↓
【ここで①、②のいずれかを判断】
↓─────────────┐↓
①自社で対応 ◀───────┐
(自社で直せるか?) │
↓ │
修復作業・証拠保全│ ←※どちらを選んでも、この作業は必要
↓ │ (直して、何が起こったか記録する)
②外部専門家に相談 ◀───┘
(プロの助けが必要か?)
↓←────────────┘
システム復旧・動作確認
↓
再発防止策の検討・実施
↓
関係者への報告・公表
↓
関係機関への届出(必要時)
インシデント管理のフロー図は、各段階の役割を理解することが大切です。続いて、ステップごとに具体的な流れを見てみましょう。
ステップ1. 発見と初動対応
インシデント管理は、異常や兆候に気づき、それを報告することからスタートします。初期対応は迅速さが肝心なので、落ち着いて行動しましょう。
- 異常や兆候に気づいたら即座に報告
- 情報セキュリティ責任者が状況を把握
- 経営者へ報告し、対応チームを編成
- ネットワーク遮断、システム隔離(被害拡大防止のため)
- 証拠となるログや記録は削除しないように注意
ステップ2. 調査と対応
次の段階では、状況を正確に把握し、的確な処置を行うことが求められます。焦らず情報を整理し、必要に応じて外部の力も借りながら、冷静に対処しましょう。
- 「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どうやって」を整理
- 社内での対応が難しい場合は専門業者や公的機関に相談
- 原因を特定し、必要な修正や対応を実施
- 証拠となるデータやログを確実に保全
ステップ3. 復旧と再発防止
インシデントからの復旧後は、同じ事態が繰り返されないよう、根本的な対策を検討・実行します。回復と同時に、継続的な改善にも取り組みましょう。
- 修復完了後、システムやサービスを再開
- 正常に動作するかを確認し、経営層に報告
- 技術対策・運用ルールの見直し(再発防止のため)
- 社内教育や訓練も含めた継続的な改善を実施
ステップ4. 報告とコミュニケーション
インシデント管理は、インシデント対応が完了しただけで終わりではありません。信頼を維持・回復するためにも、関係者への誠実な情報共有と説明責任を果たしましょう。
- 影響を受ける関係者に対して早期に連絡
- 必要に応じてWebサイトやメディアで情報を公表
- 説明責任に対応する問い合わせ窓口の設置
- 最終的な対応内容や再発防止策を顧客や取引先に報告
- 個人情報保護委員会、警察、IPAなど関係機関へ届出(必要に応じて)
こうした基本的な流れを押さえておくことで、突然のインシデントにも慌てることなく対応できます。自社の大切な情報資産・顧客の信頼を守るためにも、ぜひこのフローをご活用ください。
参照:IPA「インシデント対応の基本ステップ」
インシデント管理を成功させるための4つのポイント
続いて、インシデント管理をさらに効果的にし、成功に導く4つのポイントを解説します。
- 案件管理の徹底
- 適切な優先度判断
- ナレッジの蓄積と活用
- FAQ活用による負荷軽減
①案件管理の徹底
効果的なインシデント管理には、問い合わせや障害を個別に識別・追跡し、対応状況を明確にすることが重要です。例えば、エクセルやインシデント管理ツールを活用し、「誰が」「いつから」「どのような内容で」対応しているのかを記録します。
これにより、対応の抜け漏れや二重対応を防ぎ、業務の透明性と効率が向上し、さらに、記録された情報は、後の振り返りや改善活動にも役立ちます。
②適切な優先度判断
インシデント管理の際には、全ての問い合わせに同じ優先度を与えてはいけません。具体的には、以下のような基準で優先度を判断します。
項目 | 優先順位 |
影響範囲 |
|
サービスへの影響度 |
|
緊急度 |
|
例えば、全ユーザーがログインできない問題は、一人のユーザーが特定の機能を使えない問題よりも優先度が高くなります。また、新機能の要望は一般的に優先度が低く設定されます。
③ナレッジの蓄積と活用
インシデント管理において、ナレッジ(過去の対応記録)を適切に残すことも重要です。記録が不十分だと、同じ問題に直面した際に、毎回ゼロから解決策を探すことになりかねません。
具体的には、
- 過去の対応記録を検索しやすい形で保存する
- 対応手順を明確なマニュアルとして整備する
を実践すると良いでしょう。これにより、同じ問題が再発した場合でも、より迅速かつ的確に解決できるようになります。
④FAQ活用による負荷軽減
インシデント管理の際には、よくある質問や過去の問い合わせをFAQとして整理・公開することも有効です。これにより、ユーザーが自分自身で問題を解決できるようになるため、サポート対応の負担を大幅に軽減できます。
FAQを活用すると、本当に対応が必要なインシデントに集中でき、全体の対応スピードや質の向上にもつながります。なお、FAQを活用する場合、定期的に内容を見直し、最新の情報で回答することがポイントです。
無料のインシデント管理ツール3選
続いて、無料で使えるインシデント管理ツールをご紹介します。インシデント管理ツールは高額な製品も多いため、まずは気軽に使える無料ツールからスタートするのもおすすめです。
まずは、各サービスの概要や無料の範囲、有料版の価格をまとめた一覧を見てみましょう。
ツール名 | 主な特徴 | 無料範囲 | 有料版の料金/月 |
ServiceDesk Plus |
|
なし |
|
Backlog |
|
30日 |
|
My Redmine |
|
2ヵ月 |
|
①ServiceDesk Plus
ManageEngineが提供する「ServiceDesk Plus」は、IT運用管理の効率化を支援するインシデント管理ツールです。このツールは、クラウド版とオンプレミス版の2種類から選べ、無料版では、以下のような機能が利用可能です。
- セルフサービスポータルを通じた問い合わせの一元管理
- メンバー間でナレッジを簡単に記録・共有
- 情報をグラフで可視化(インシデント発生件数が多いカテゴリなど)
なお、無料版はサポート機能がなく、クラウド版が5オペレーター、オンプレミス版は1オペレーターまでの利用の制限があります。
②Backlog
株式会社ヌーラボが提供するBacklogは、タスクの明確化・可視化を実現するインシデント管理ツールです。経済産業省やキリンなど様々な企業から活用されている信頼性の高さも魅力です。
- シンプルな操作性と親しみやすいUI/UX
- ガントチャートを使った進捗管理
- スタンダードプラン以上であればユーザー数は無制限
無料プラン終了後も、4つの有料プランからニーズに合わせて柔軟に利用できます。
③My Redmine
「Redmine」は、オープンソースとして広く利用されているインシデント管理ソフトです。Redmineは、ファーエンドテクノロジー社がクラウド版「My Redmine」を提供しています。
- チケット制の手軽なタスク一元管理
- ワンクリックで必要な情報にアクセス
- 進捗が一目で分かるガントチャート機能
無料プランに登録すれば、運用不要のクラウド版を即日利用できます。
インシデント管理ツールを導入した企業の事例
ここでは、先ほどお伝えしたインシデント管理ツール「ServiceDesk Plus」を実際に利用した企業の事例を3つお伝えします。
企業名 | 導入背景 | 決め手 | 効果 |
アイペット損害保険 | 大規模ユーザー対応 | フォーム統一・ナレッジ活用 | 優先管理・在宅対応 |
立教学院 | 管理の一元化 | ITSM統合・メール対応 | 対応迅速化・連携強化 |
アダストリア | エクセルからの脱却 | 可視化・負荷軽減 | 時間短縮・業務最適化 |
①アイペット損害保険
アイペット損害保険株式会社は、ユーザー数700超に対応する管理体制を目指してインシデント管理ツールを導入しました。導入後は、実用性と柔軟性を叶えたインシデント管理を実現しています。
導入ポイント
- 問い合わせフォームの統一化
- リクエストの一元管理
- ナレッジの収集・活用のしやすさ
導入効果
- 優先順位に沿った問題管理の実現
- 集積したナレッジのインシデント対応への活用
- リモートワークの実現による勤務形態の柔軟化
②立教学院
学校法人立教学院は、インシデント管理ツールを使い、分散していた複数ツールの管理を一本化し、業務効率を改善しています。ユーザーとのやり取りもスムーズになり、学内ITサポート体制が強化されました。
導入ポイント
- ITSMツールのみで対応できる一元管理の実現
- ユーザーとのコミュニケーションの質向上
- Eメール経由でのリクエスト起票が可能
導入効果
- インシデント・問題・変更管理などを一つのツールに集約
- 問い合わせ対応の迅速化
- ユーザーとのコミュニケーション深化
③アダストリア
株式会社アダストリアは、インシデント管理ツールを使い、エクセルベースから脱却し、リアルタイム可視化を実現しました。業務割り当ても明確になり、スタッフの負担軽減と業務改善も同時に叶えています。
導入ポイント
- インシデント管理の効率化
- リアルタイムな情報共有と可視化
- スタッフの業務負荷コントロール
導入効果
- インシデント対応時間の短縮
- リアルタイムでの状況把握と対策立案
- 適切な業務割り当てによるスタッフの働き方改善
参照元:ServiceDesk Plus
もし貴社でも「エクセルでの業務が非効率」といったお悩みで、エクセルから脱却したいとお考えでしたら、「エクセル業務を効率化するための実践ガイド」が役立ちます。本資料では、エクセルの定型作業の自動化、データ管理のクラウド化による具体的な業務効率化方法を解説していますので、エクセル機能を駆使した業務改善をぜひ実現してください。
インシデント管理についてまとめ
インシデント管理の目的は、システムやサービスで発生した障害や問題(インシデント)に対し、迅速に対応し、サービスを正常な状態に回復させることです。
適切なインシデント管理を行うことで、トラブルの未然防止や影響範囲の最小化に繋がります。ぜひ本記事で紹介した業務フロー図を参考に、効果的なインシデント管理を進めてください。
