ビジネスの迅速な展開や業務効率化を実現するためには、クラウドサービスの活用が重要です。近年では、オンプレミスで運用されていた基幹システムをクラウドへ移行する企業も増加傾向にあります。
しかし、懸念されるのが、クラウド上に保管された機密情報や個人情報の保護です。クラウドベンダーもセキュリティ対策を講じていますが、情報漏えいのリスクを完全に排除することはできません。
特に、金融機関や重要インフラ事業者など、機密性の高いデータを扱う業界では、より強固なセキュリティ対策が求められます。このような状況下で、クラウド上のデータを安全に保護する技術として注目されているのがBYOKです。
今回は、BYOKを導入するメリットや注意点を詳しく解説します。
BYOKとは
BYOK(Bring Your Own Key)は、自身の鍵を持ち込む、という直訳の通り、IaaSやSaaSなどのクラウド環境を利用する際に、ユーザー自身が用意した暗号鍵を用いてデータを保護する仕組みです。
これにより、クラウドサービス事業者(CSP)に暗号鍵を預けることなく、自社で厳重に管理することが可能です。
従来のクラウドサービスでは、データ暗号化の鍵管理をサービス提供者に委ねるのが一般的でしたが、BYOKではユーザーが自らの鍵を保有し、管理することで、より高度なセキュリティを実現します。
自社の機密情報や顧客情報を、外部からの不正アクセスやデータ漏洩のリスクから、より強固に守ることが可能になるのです。
特に、製造業においては、製品設計図や技術情報など、外部に漏洩すると企業の存続に関わるような機密情報も存在するため、より高度なセキュリティ対策として、BYOKが注目されています。
CADをSaaS化するメリットについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。
BYOKとHYOKの違い
BYOKと同じ暗号鍵管理手法にHYOK(Hold Your Own Key)があります。どちらもクラウド上のデータを保護するための技術ですが、鍵の管理主体には大きな違いがあります。
BYOKは、ユーザーが自ら用意した暗号鍵をクラウドサービスに持ち込む方式であるのに対し、HYOKは、ユーザーが自社の鍵管理システム(KMS)で暗号鍵を完全に管理し、クラウドサービス側には一切鍵を渡さない方式です。
CSPは、ユーザーの管理下にあるKMSを利用し、鍵にアクセスする必要がある場合もユーザーの許可を得る必要があります。
BYOK | 鍵の生成はユーザー側で行い、その後の管理はCSPに委ねられる |
HYOK | 鍵の生成から利用、廃棄に至るまでのプロセスをユーザー自身がコントロールできる |
企業は、自社のセキュリティ要件やリスク許容度に応じて、最適な鍵管理方式を選択する必要があるのです。
BYOKの仕組み
クラウドサービス事業者(CSP)は、高度な暗号化技術を用いて顧客のデータを保護していますが、BYOKは、この保護をさらに強化する仕組みです。
CSPは、クラウド内のデータを暗号化するためにクラウドストレージのセキュリティの基盤となる「テナント鍵」を使用します。
BYOKでは、ユーザー自身が生成した「マスター鍵」が、このテナント鍵を保護する役割を果たします。
具体的には、CSPのデータセンター内に「ロックされた箱」を作り、その中でテナント鍵を保護することで、ユーザーはテナント鍵の利用を厳密に制御し、承認された目的にのみ使用できるようになり、クラウド内のデータのセキュリティが大幅に向上するのです。
BYOKの導入によるメリット
製造業におけるBYOK導入のメリットについて、具体的な事例を交えながら以下で詳しく解説します。
セキュリティの強化ができる
BYOKを導入する最大のメリットは、セキュリティレベルを格段に向上させられる点にあります。
従来のクラウドサービスでは、暗号鍵の管理をクラウドサービス事業者に委ねる必要がありましたが、BYOKでは、ユーザー自身が鍵を管理することで、データへのアクセス権限や変更権限を完全にコントロールできます。
外部からの不正アクセスや内部関係者による情報漏洩のリスクを大幅に低減できるでしょう。例えば、製品の設計図や製造プロセスに関する機密情報をクラウド上で管理する場合、BYOKを導入することで、これらの情報へのアクセスを厳格に制限できます。
また、顧客情報や取引情報を扱う場合にも、BYOKによって情報漏洩のリスクを最小限に抑え、顧客や取引先からの信頼を維持できるのです。
サイバーセキュリティリスク管理の流れについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。
暗号鍵の管理を自社で行える
BYOKは、暗号鍵の管理を自社で行えるため、暗号化基準に合わせて柔軟にカスタマイズできる点も魅力です。例えば、法規制や業界標準に準拠するために特定の暗号化アルゴリズムを採用したい場合、BYOKであれば自社の要件に合った鍵を選択できます。
さらに、クラウドサービスの利便性を損なわずにセキュリティを強化できる点も重要です。クラウドサービスのメリットであるスケーラビリティや柔軟性を維持しつつ、自社のセキュリティポリシーに合わせた暗号鍵の運用が可能です。
暗号鍵の一元管理ができる
クラウドサービスの普及に伴い、企業は多岐にわたるサービスを利用するようになりました。これらのサービスで使用される暗号鍵を個別に管理することは、セキュリティ上のリスクを高め、管理の複雑化を招くでしょう。
BYOKを導入することで、暗号鍵の管理をクラウドサービスから切り離し、独立したシステムで一元的に行うことができるため、複数のクラウドサービスを利用している企業でも暗号鍵がどこで使用されているかにかかわらず、単一の場所で集中的に管理することが可能です。
クラウドシフトの促進ができる
クラウド化は、システム運用の負担軽減や最新技術を活用したサービス利用の促進など、多くのメリットをもたらします。しかし、製造業においては、特に機密性の高いデータを扱う場合、セキュリティ上の懸念からクラウド移行を躊躇する企業は少なくありません。
BYOKの導入により、セキュリティへの懸念を払拭し、クラウドサービスの利点を最大限に活用できるため、システムの柔軟性や拡張性が向上し、変化の激しい市場環境に迅速に対応できます。
また、自社のセキュリティポリシーに合わせた厳格なデータ保護が可能となり、情報漏洩のリスクを大幅に低減できるでしょう。
BYOKを導入する際の注意点
BYOKは自社で暗号鍵を管理することで、データへのアクセス権限をコントロールし、セキュリティレベルを高めることができますが、BYOKは万能ではありません。
導入にあたっては、メリットだけでなく、デメリットも十分に理解しておく必要があります。
以下で、BYOKの導入を検討している企業に向けた注意点を詳しく解説します。BYOK導入の判断材料として、ぜひ参考にしてください。
対応するサービスを確認する必要がある
グローバル市場では、2010年代後半から大手SaaSプロバイダーを中心にBYOKへの対応が進みましたが、日本国内ではその動きはまだ鈍いと言わざるを得ません。
そのため、企業がBYOKによるセキュリティ強化を望んだとしても利用を検討しているクラウドサービスがBYOKに対応していなければ、その計画は頓挫してしまいます。
つまり、BYOK導入を検討する際には、まず利用するクラウドサービスがBYOKに対応しているかどうかを確認する必要があるのです。
サポート範囲が制限される可能性がある
BYOKの鍵の管理を自社で行うということは、クラウドサービス事業者のサポート範囲が制限される可能性があることを意味します。
そのため、万が一、鍵を紛失したり、第三者に漏洩したりした場合、クラウドサービス事業者からのサポートは期待できません。鍵の管理はあくまで自社の責任となるため、適切な対応を自社で行う必要があります。
製造業においては、機密性の高いデータを扱うケースが多いため、サポート制限による影響を考慮し、以下の点に注意する必要があります。
鍵管理体制の整備 | 鍵の生成や保管、廃棄など、鍵管理に関するポリシーと体制を確立する |
バックアップ体制の強化 | 鍵の紛失に備えバックアップ体制を構築する必要がある |
CSPとの連携 | BYOKに関するサポート範囲や責任分担について、クラウドサービス事業者(CSP)と事前に確認しておく |
運用管理が複雑化する
BYOKでは、鍵の生成から廃棄に至るまでのライフサイクル全体を自社で管理する必要があり、以下のような多岐にわたるプロセスを適切に実行しなければなりません。
- 鍵の生成
- 鍵の配布
- 鍵のローテーション
- 鍵の紛失に備えたバックアップ
- 不要になった鍵の安全な廃棄
これらのプロセスを効率的に管理するためには、高度な鍵管理システムの導入が重要になります。また、システムを運用するための専門知識を持つ人材の育成や、運用体制の構築も必要となります。
これらの作業は、特にリソースが限られている中小規模の製造業にとっては、大きな負担となる可能性があるのです。
さらに、鍵管理の不備はセキュリティリスクの増大に直結します。例えば、鍵の保管場所が適切でなかったり、鍵のローテーションが適切に行われなかったりすると、不正アクセスや情報漏洩のリスクが高まるでしょう。
BYOKを導入する際には、鍵管理の複雑さを十分に理解し、適切な対策を講じることが重要です。
BYOKの導入で企業の競争力を高めよう
今回は、BYOKを導入するメリットや注意点を解説しました。システム管理や運用にかかる負担を軽減できるクラウドサービスは、多くの企業にとって欠かせない存在となっています。
しかし、クラウド利用が広がるにつれて、情報漏洩などのセキュリティ上の懸念も高まっています。特に製造業といった、扱うデータの機密性や完全性に対する要求水準が高い業界では、セキュリティ対策は最重要課題の一つです。
このような状況において、BYOKの導入は、クラウドサービスをより安全かつ安心して利用するための有効な手段となります。BYOKを導入することで、クラウドサービスの利便性を享受しながら、最高水準のセキュリティを確保し、顧客や取引先からの信頼を維持できるでしょう。
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