病院やクリニックなどの医療現場では、日々の業務の中で思わぬトラブルが起こることがあります。インシデントレポートは、こうした医療現場での「もう少しでミスになるところだった」といった小さな出来事を記録・共有するための報告書です。
この記事では、テンプレートと例文をもとに、具体的な書き方をわかりやすく解説します。
厚生労働省のインシデントレポートの定義、公開する目的とその意義についてもお伝えします。
インシデントレポートとは?
インシデントレポートとは、医療現場における「始末書」とは異なり、「今後の安全性を向上させる改善活動」を目的に、「医療現場で起きたミスや事故につながる恐れのあった出来事を記録する文書です。
英語の「incident(インシデント)」は「出来事」や「事件」を意味し、医療の現場では「事故寸前の事象」を指します。
厚生労働省の定義
厚生労働省では、「インシデント」を、誤った医療行為が患者に実施される前に発見されたケース、または実施されたものの結果的に患者に影響がなかったケースと定義しています。
また、「インシデント」は「ヒヤリ・ハット」とほぼ同じ意味として明確に示されています。
参照:厚生労働省「アクシデントとインシデント」
インシデントレポートのレベル区分
インシデントレポートを作成する際には、インシデント(出来事)が患者にどの程度の影響を及ぼしたかを「レベル」で分類します。これは医療現場で共通の判断基準として用いられ、以下の様に0から5までの段階で整理されています。
分類 | レベル | 障害の継続性 | 障害の程度 | 内容の目安 |
インシデント | 0 | ― | ― | ミスや機器の不具合を実施する前に気づき回避 |
1 | なし | ― | 実施後、患者に明らかな被害がない | |
2 | 一時的 | 軽度 | 軽い変化があったため、経過観察や検査を実施 | |
3a | 一時的 | 中程度 | 消毒や痛み止めなど、軽い治療・処置を実施 | |
アクシデント | 3b | 一時的 | 高度 | 手術や人工呼吸器の装着などの医療対応を実施 |
4a | 永続的 | 軽〜中度 | 後遺症は残ったが、大きな機能的な支障がない | |
4b | 永続的 | 中〜高度 | 明らかな障害や変化など、生活への影響が多大 | |
5 | 死亡 | ― | 医療行為が原因で死亡(持病などは対象外) |
参照:厚木市立病院
上記表のように、レベル3aまではインシデント、レベル3b以上はアクシデント(医療事故)として扱われます。つまり、上記のレベル区分3a以内であればインシデントレポート作成の対象となります。
エクセル自動化でレポート分析効率を向上させる
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マクロでできることについてもお伝えしているので、ぜひこの機会にマクロへの理解を深めてみてください。
インシデントレポートは誰がどこへ提出する?
ところで、インシデントレポートは誰が書いて、どこに提出したら良いのでしょうか。
多くのスタッフが立ち会っていた場合、該当者が分かりにくく感じるケースもあるでしょう。
ここでは、インシデントレポートを書く人、および提出先について解説します。
インシデントレポートを書く人
インシデントレポートを書くのは原則として、その場にいた、もしくは状況を見つけた医療関係者です。具体的なケースを以下の表で見てみましょう
状況 | 書く人 | 具体例 |
自分の業務中の出来事 | 業務を行った本人 | 患者の点滴準備中、誤った薬剤を手に取った看護師 |
他者のミスや異常を発見 | 見つけた職員 | 看護師が設定した点滴速度の異常に気づいた医師 |
機器の問題に遭遇 | 問題に遭遇した職員 | 検査機器の不具合に気が付いた検査技師 |
患者・家族からの情報 | 話を聞いた職員 | 患者から「薬を渡し間違えそうだった」と聞いた看護師 |
インシデントレポートは、場合によって関係する複数のスタッフで共同して書くこともあります。迷ったら、まずは上司に相談し、自施設のルールを確認してください。
インシデントレポートの提出先・流れ
インシデントレポートの提出先は、直属の上司、もしくは施設の担当委員会(安全委員会、リスクマネジメント委員会など)です。一般的なインシデントレポート提出の流れは以下です。
- 最初に直属の上司へ口頭またはメモで報告(原則24〜48時間以内)
- 医療安全管理室やリスクマネジメント委員会にレポートを提出
- 医療事故調査・支援センターなどへ報告(死亡事故など重大なケース)
提出後のインシデントレポートは、医療現場全体の安全性を高めるための改善材料として活用されます。
まずは、インシデントに気づいた段階で速やかに上司へ報告しましょう。
インシデントレポートの例文
ここでは、実際の医療現場で起こりうる状況をもとに、参考になるインシデントレポートの例文を2つ紹介します。これらを参考に、それぞれの状況に合わせてアレンジしてみてください。
- 転倒リスクのある患者様の見守り不足
- 内服薬の投与時間誤り
①転倒リスクのある患者様の見守り不足
まずは、トイレで転倒したインシデントに遭遇した看護師のインシデントレポートです。
・インシデント概要:トイレ介助中の転倒
・インシデントレベル:レベル3
・発生日時: 2025年5月19日 午前3時20分頃
・発生場所: 4階北病棟 405号室のトイレ
・患者情報:405号室 鈴木一郎様(80歳、男性)・状況詳細:鈴木様は右片麻痺があり、転倒リスク評価で「高リスク」と判定されています。トイレまで車椅子で移動介助し、「トイレを使用される間、外でお待ちしますね」と伝え、ドアの外で待機していました。しかし、別の患者様からのナースコールが鳴ったため、「すぐに戻りますので」と声をかけ、その場を離れました。
約5分後、405号室に戻ると、トイレ内から「助けて」との声が聞こえました。すぐにドアを開けると、鈴木様がトイレの床に座り込んだ状態でいました。「立ち上がろうとしたときにふらついて、お尻から落ちた」とのことでした。
・発見・対応:午前3時20分頃、鈴木様からナースコールがあり、「トイレに行きたい」との訴えがあり発見に至りました。転倒後、右腰部に痛みを訴えられ、皮下出血が見られました。直ちに当直医に報告し、診察の結果、右腰部打撲と診断。湿布薬が処方され、経過観察となりました。翌朝のレントゲン検査で骨折はないことが確認されました。
②内服薬の投与時間誤り
次は、投薬時間を誤った看護師のインシデントレポートの一例です。
・インシデント概要:高血圧治療薬の投与時間誤り
・インシデントレベル:レベル1(患者様への実害なし)
・発生日時:2025年5月17日 午前8時30分頃
・発生場所:3階西病棟 307号室
・患者情報:307号室 山田太郎様(72歳、男性)・状況詳細: 朝食配膳後の8時30分頃、山田様の朝食後薬を配薬カートから取り出す際、「朝食前」の袋に入っていた高血圧治療薬(アムロジピン5mg)を誤って「朝食後」の薬と一緒に持参しました。患者様は全ての薬を服用されました。患者様のバイタルサインは、BP 138/82mmHg、P 76回/分、SpO2 97%で著変なしです。
当直医に報告し、「本日の血圧測定を3回(10時、14時、18時)行い、変動があれば報告するように」との指示を受けました。患者様には経緯を説明し、謝罪しました。
・発見・対応:9時15分の巡回時、配薬カートの「朝食前」の袋が残っていることに気づき、朝食前薬が朝食後に投与されたことが判明しました。配薬カートの「朝食前」と「朝食後」の袋が近い位置に置かれていたため、配薬前に必ず処方箋と薬袋の内容を照合することを周知しました。以降、「食前」「食後」の区別を明確にするため、配薬カートの収納位置を離すように対応しています。
インシデントレポートの書き方
インシデントが発生した際には、できるだけ早く、正確に状況を記録することが大切です。
ここでは、インシデントレポートテンプレートに沿って、記入のポイントをわかりやすく解説します。
インシデントレポートの書き方
まずは、インシデントレポートのテンプレートをご覧ください。
報告者: 報告日: 年 月 日
役職/役割: インシデント番号: -
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【インシデント情報】インシデントの種類:
インシデントレベル:
インシデント発生日: 年 月 日
発生場所:
発生場所の具体的なエリア :インシデントの説明
・患者情報:
・状況詳細:
・発見・対応:関係者の氏名・役職/連絡先
1. - -
2. - -
目撃者の氏名・役職・連絡先
1. - -
2. - -警察への通報の有無:
通報した警察官: 警察署: 電話:フォローアップ措置
・監督者氏名: 監督者署名:
日付: 年 月 日
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①基本情報の記入
インシデントレポートは、はじめに報告者の名前、報告日、役職などの基本情報を記入します。
「インシデント番号」は施設によって自動発番されることもあるので、空欄でも構いません。
②インシデント情報の入力
次に、インシデントの種類(例:転倒、誤薬、ヒヤリハットなど)と発生日を記載します。
発生場所も細かく記入しましょう。「病棟名」「施設名」「部屋番号」など、なるべく具体的に書くことで、後の分析がスムーズになります。
③ インシデントの説明
この欄では、何が・いつ・どこで・誰に・どのように起きたのかを、事実に基づいて簡潔に書きます。感情や推測は避け、時系列にそって淡々と記録するのがポイントです。
④ 関係者と目撃者の記録
続いて、その場に居合わせたスタッフや患者の氏名・役職・連絡先も書いてください。
その後の聞き取りや対応に役立ちます。
⑤ 警察への通報
重大インシデントで通報が必要だった場合には、警察署名や担当者、電話番号などを記載します。通報していない場合は「無」と明記しておきましょう。
⑥ フォローアップ措置
インシデントレポートでは、再発防止のために、実施した対応や今後の対策案なども書きます。
「その場で柵を変更した」など、即対応した改善点があれば同時に記録しましょう。
⑦ 監督者の確認
最後に、上司や管理者の署名・記名・日付をもらって提出完了です。
このように、テンプレートに沿って落ち着いて事実を整理しながら書くことが、信頼性のあるレポートにつながります。インシデントレポートは、ミスを責めるためではなく、「より安全な環境を作るための書類」ということを念頭に置いて記述することが大切です。
インシデントレポートを書く際の注意点
インシデントレポートを書く機会はそう多くありません。
だからこそ、いざというときに戸惑わずに書けるよう、あらかじめ押さえておきたいポイントがあります。
- 事実を明確に、5W1Hで伝える
- 言い訳や責任転嫁は避ける
- 投与量や時間は正確な数値を書く
- 簡潔で読みやすい文章を心がける
①事実を明確に、5W1Hで伝える
インシデントレポートで大切なのは「正確さ」です。
客観的な視点で記録するためにも、まずは、時系列で事実整理し、「いつ(When)・どこで(Where)・誰が(Who)・何を(What)・なぜ(Why)・どのように(How)」という5W1Hで記述しましょう。
この際、以下のように具体的な数値や状況を含めて書くことも重要です。
なお、「思い込み」や「推測」はNGです。
例えば「ベッドから落ちたと思われる」ではなく、「ベッドサイドの床に横たわっているところを発見した」と、自分の目で見た事実だけを記録しましょう。
②言い訳や責任転嫁は避ける
インシデントレポートを書く際、陥りがちなのが「自分を守るための表現」です。
「人手が足りなかった」「確認したつもりだった」などの言い訳は必ず避けましょう。
例えば、以下の様に淡々と事実を記載することで、冷静な分析につながります。
- NG「業務が立て込んでいたため確認を怠った」
- OK「複数の業務を同時に行っており、確認手順を省略してしまった」
また、他の人のせいにする表現も避け、以下のような表現に置き換えましょう。
- NG「先輩の指示が不明確だった」
- OK「コミュニケーション不足があった」
インシデントレポートの目的は「犯人探し」ではなく、「システム改善」にあることを忘れないでください。
③投与量や時間は正確な数値を書く
医療現場でのインシデントでは、薬の投与量や時間は必ず正確に記載しましょう。
例えば、以下の様に具体的な数値を使うことで、インシデントの影響や重大性を正しく評価できます。
- NG「約10分遅れて投与した」
- OK「予定時刻14:00のところ、14:13に投与した」
数値をごまかす、もしくは曖昧にすることは、医療安全の観点からも避けてください。
④簡潔で読みやすい文章を心がける
インシデントレポートは読み手に伝わってこそ意味があるため、長すぎる文よりも要点を絞った簡潔な表現を心がけましょう。その他、以下も視覚的にも読みやすいレポート作成に有効です。
- 専門用語には必要に応じて参照を付ける
- 項目ごとに区分して段落分けを用いる
- 情報を複数羅列する場合、箇条書きを活用する
迷ったときは先輩や上司に相談してみましょう。
「この表現で伝わりますか?」「情報に誤りはないですか?」と確認しておくと、より良いインシデントレポートが完成します。
インシデントレポートを公開する目的と意義
最後に、インシデントレポートを公開する目的や意義について解説しましょう。
インシデントレポートの目的・意義は事故再発防止
インシデントレポートの目的はただ一つ「事故再発を防ぎ、医療の安全性を高める」ことにあります。インシデントレポートでミスを報告するのは、やはり勇気がいる行動ですが、インシデントレポートは誰かを責めるものではありません。
ミスを共有することで、同じことが他の誰かに起きるのを防ぐこと、そして結果として医療現場全体の安全性を高めること。これこそが、インシデントレポートの最も重要な役割であり、意義なのです。
ハインリッヒの法則とインシデントの重み
「1つの重大事故の背後には、29の軽微な事故と300のヒヤリハットがある」とするハインリッヒの法則は、インシデントの重要性を教えてくれます。
見過ごされがちな小さな出来事も、積み重なれば重大事故につながるのです。
だからこそ、インシデントの段階での報告と対応が極めて重要なのです。
インシデントレポートの本質は、個人の反省ではなく「組織での学習」にあります。
シドニー・デッカーの言葉にもあるように、報告は「学びの入り口」です。
つまり、一人の気づき、ハッとした経験は、実は組織全体の財産でもあるのです。
インシデントレポートの情報共有に貢献するエクセル機能
エクセルの自動化機能をクラウドと組み合わせることで、インシデント情報の記録や管理、チーム全体での情報共有がスムーズに進みます。
これらの課題を解決するエクセル業務を効率化するための実践ガイドは、現在無料でダウンロードできます。ぜひこの機会にエクセル業務を効率化し、より安全で効率的な医療現場づくりをぜひ実現してください。
インシデントレポートについてまとめ
インシデントは、どの現場にも起こりうるごく身近なものだからこそ、対策は「もっと気をつけよう」という精神論だけで終わらせないことが大切です。チェックリストの見直し、業務フローやシステムの改善、チーム内での声かけなど、現場に合った対策が必要になります。
報告されたインシデントが蓄積されていくことで、「前にも同様のことがあった」と気づく機会が増え、重大な医療事故防止にもつながっていきます。ぜひ本記事を参考に、インシデントレポートの書き方をしっかりマスターしてより安全な職場環境を実現しましょう。
