日本鉄鋼連盟の北野嘉久会長より、日本国内の粗鋼生産量が2年連続で9,000万トン割れしたと発表がありました。なぜ日本産業の需要が低下し続けているのでしょうか。
この記事では、粗鋼生産の需要減少のニュースをもとに、生産推移の変化や海外から受けている影響、今後の見通しについて深掘りしていきます。製造業界のみならず建設業界にも波及する問題を詳しく知りたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
粗鋼生産量が2年連続で9,000万トン割れに
日本での生産需要が高かった「粗鋼生産」ですが、近年では徐々に需要が減少し続けています。
日本鉄鋼連盟の会長を務めるJFEスチール社長の「北野嘉久」会長によると、以前まで1億トンを超えていた国内粗鋼生産が、9,000万トンを割り込む見通しになったと説明されている状況です。
粗鋼生産における日本国内の生産推移
粗鋼生産の減少をより詳しく説明するために、日本鉄鋼連盟が公開している「鉄鋼生産速報」の年度別データをまとめました。
2020年 | 2021年 | 2022年 | |
生産量 (1,000M/T) |
96336.0 | 89226.8 | 86996.0 |
前年度比 | - | 92.6% | 97.5% |
上表からわかるように、約2年間のうちに1,000万トンもの粗鋼生産量が減少している状況です。
1割近い大幅な減少であり、対策を実施しなければさらなる粗鋼生産量の減少があると予想されています。
粗鋼生産量が減少している理由
粗鋼生産の需要減少は、何も自然に発生しているわけではありません。
参考として、現状で考えられている粗鋼生産量の減少理由をまとめました。
米中貿易摩擦の影響
1つ目は、アメリカ・中国間の貿易摩擦によって、粗鋼生産に影響が生まれたと考えられています。
例えば関税の引き上げによって海外輸出していた鋼材の価格が高騰し、海外からの購入量が減少したことがひとつの理由でしょう。また、取引相手であった中国が国内生産へと移行するようになったことから、海外輸入している粗鋼生産量が減少したと予想されます。
新型コロナウイルスのまん延
2つ目に、粗鋼生産量は数年前まで1億トンを超えていたため、新型コロナウイルスのまん延による貿易頻度の低下がひとつの原因だと考えられています。
新型コロナウイルスのまん延によって世界中の人々の社会生活が停止し、各国が地産地消の生産体制へと移行しました。もちろんすべて地産地消できるわけではありませんが、コロナ禍という状況が、粗鋼生産のターニングポイントになったことは間違いないでしょう。
特に日本は、国内外に向けて粗鋼生産を実施していたことから、海外への輸出減少が9,000万トン割れを引き起こしていると予想できます。
半導体・自動車部品の供給不足
3つ目として、半導体不足による自動車部品の供給不足が発生したことも原因だと考えられています。
部品が揃わなければ自動車生産を進められず、同時に自動車用の鋼材の取引数が減ったことが粗鋼生産量の減少に影響したのかもしれません。
半導体の減少は未だに続いており、2025年の解消を目標として国・自治体が動き始めています。
また近年では、半導体産業の国内誘致などもスタートしました。
詳しくは以下の記事で紹介しているので、合わせて確認してみてください。
粗鋼生産量の回復を目指す対策
さまざまな問題を抱えている粗鋼生産の減少を解決するために、回復を目指す取り組みがスタートしました。
対策の実施により、今後の粗鋼生産に生まれる変化を詳しく説明していきます。
半導体産業の大手企業TSMCを誘致
自動車産業の生産量低下による粗鋼生産への影響を解決するため、熊本県菊陽町に台湾の大手半導体企業「TSMC」が誘致されました。
TSMCの稼働は2024年度末が予定されており、今後は国内での地産地消による半導体生産を実施する予定です。TSMCの稼働がスタートすれば、自動車産業の問題が解決し、粗鋼生産量も右肩上がりになると予想されています。
大手鉄鋼企業が構造改革をスタート
大手鉄鋼企業のJFEスチールは、粗鋼生産の問題を解決するひとつの策として、企業の構造改革をスタートしました。構造改革の中では、次の取り組みが実施されています。
- 需要の少ない高炉の停止による固定費削減
- 損益の生まれている高炉の改善
ニュースによると、すでにJFEスチールの取り組みから回復の効果が生まれたと説明されていました。今後、他の企業でも同様に固定費の削減、損益分岐点の改善が実施されていくと考えられています。
粗鋼生産の改善で危惧されているポイント
生産量の回復を目指すため、国・企業による対策が実施されています。
しかし、一部で改善に影響するポイントがあると危惧されているのも事実です。
参考として、ニュースの中で説明されていた注意点を深掘りして説明します。
粗鋼生産にかかる業界の人材不足
粗鋼生産に関わる次の業界では、人材不足の問題を抱えています。
- 建設業
- 製造業
人材不足の影響で対応できる業務リソースに限界があるため、粗鋼生産の回復が伸び悩んでしまうと危惧されている状況です。鋼材の需要が回復したとしても、材料を扱う人が不足していれば意味がありません。
粗鋼生産の回復を急ぐためには、サプライチェーンとして関わる業界をまとめた強靭化を図ることが重要になると予想されます。
円安による資材高騰
直近の世界情勢の問題として、ドル高など人件費や物価の高騰が目につきます。
その影響を受け日本では円安が長期化しており、輸入する資材の価格が高騰している状況です。
資材の高騰が続くと、国内に輸入できる資材の量が制限され、粗鋼生産で生み出された鋼材等の使用頻度が低下します。結果として、生産できる粗鋼にも限度が生まれてしまうため、生産量の回復にはまだまだ時間がかかるかもしれません。
実際に日本では、大型物件の建設停滞などが発生しています。
今後数年は粗鋼生産の需要が先送りになる場合もあることから、世界情勢という問題でも改善が危惧されているのです。
中国による鋼材の輸出増加
近年の中国は、景気の低迷が加速している状態ですが、粗鋼生産といった分野では失速が見られず、今後、中国から世界に向けて輸出が増加すると考えられています。
中国によって鋼材輸出の市場を奪われてしまうと、市場がかく乱され日本国内の需要回復がさらに遠のいてしまうと不安視されている状態です。日本鉄鋼連盟の北野嘉久会長は、次のように発言しており、まだまだ将来的な課題が多いと伺えます。
(政府のメーカーへの)減産指示が今後の数字に表れるか注視する
引用:ニュースイッチ「『粗鋼生産』9000万トン割れに下方修正…需要環境厳しい鋼材、中国勢の影響度」
ちなみに中国の粗鋼生産量は10億1,908万トンです。
直近の日本とは大きな違いがあり、需要が増加し続けていることにも国内から注目が集まっています。
粗鋼生産能力を高めるためにできること
生産量が伸び悩んでいる日本の粗鋼生産量を回復するためには、現代のデジタル・IT技術を活用することが欠かせません。
参考として、粗鋼生産を実施する製造業における改善のアイデアをまとめました。
クラウド化の実現
現代の生産体制に対応するため、まずやるべきことなのがアナログな管理方法からデジタルな管理方法へと移行することだと言われています。その中でも、従業員への負担を減らすために欠かせないのが、業務のクラウド化です。
粗鋼生産の企業によっては、まだまだ紙を用いたアナログな手法を採用しているケースがあります。しかし、情報共有でミスが発生しやすいこと、書類管理の場所を取ることから、費用や手間といった複数のコストが増えていくでしょう。
一方、クラウド化を実施すればペーパレス化の実現や、クラウドを活用した効率的な情報共有の実現が可能です。手間暇を削減することにより、固定費・人件費を抑えやすくなるでしょう。
新技術・IoT技術の導入
作業効率・生産効率の向上に欠かせないとされているのが新技術・IoT技術の導入です。
例えば製造業では、次のような技術が導入されています。
- 基幹システム
- RPA
- 検知センサー
- 検知カメラ
粗鋼生産の効率化を実現できれば、コスト縮減効果を生み出せるほか、製品価格を下げて海外輸出市場への参入が可能になるかもしれません。また、製造業の機械設備のメンテナンス・修理の負担を減らす策として検知用のセンサー・カメラを活用したIoT化も有効です。
現代の技術を活かすことで新たなチャンスが生まれるため、最近では製造業DXの波ができつつあります。もしDX・IoTに興味をお持ちなら、一度オンラインセミナーを受講してみるのがおすすめです。
自動化技術の導入
粗鋼生産においてコストがかかりやすい人件費の削減を目指しているのなら、自動化技術を導入するのもひとつの方法です。
生産ラインを自動化してしまえば、必要最小限の人材だけで工場内を管理・運用できます。
大規模な工場で人材が動く場合、人件費をまかなうだけで苦労している企業も多いはずです。
もちろん導入費用がかさむため、何度も導入シミュレーションを実施しなければなりませんが、粗鋼生産効率を大きく変えるターニングポイントになるかもしれません。
また、自動化について詳しく知りたい方は以下の記事がおすすめです。
自動化によって得られた効果、期待されている変化についてまとめています。
粗鋼生産についてまとめ
現在の日本では、粗鋼生産量の低下が続いているというニュースについて、複数の視点から問題や対策を深掘りしました。
結論として、粗鋼生産の問題は中国を含めた世界情勢の影響を受けるため、まだまだ回復に時間がかかると予想されます。粗鋼生産には製造業・建設業も影響を受けてしまうため、今後の動向から目が離せません。