モノづくりに携わる企業にとって、情報セキュリティ対策は他人事ではありません。高度な技術と巧妙な手口を駆使したサイバー攻撃者は、システムの脆弱性や設定ミス、人の不注意を巧みに利用して侵入し、目的の攻撃を実行します。そのため、どんなに万全な対策を講じても、ゼロリスクは存在しないのです。この厳しい現実を踏まえ、企業はサイバー攻撃を前提とした対策を講じ、もしもの事態が発生した場合でも迅速に復旧できる体制を整える必要があります。
そこで注目されているのが、「サイバーレジリエンス」という概念です。今回は、サイバーレジリエンスの概要や必要性、得られるメリット、高める方法、注意点を解説します。
サイバーレジリエンスとは
サイバーレジリエンスとは、企業や組織がサイバー攻撃やシステム障害などの脅威に直面した際、迅速かつ効果的に対応し、業務を継続できる能力のことです。米国国立標準技術研究所(NIST)は、悪意のある攻撃や事故からシステムやサービスを回復させ、正常な状態を保つための能力や行動と定義しています。サイバーレジリエンスは、単にサイバー攻撃から身を守るだけではなく、以下の4つの段階から構成される概念です。
予測 | サイバー攻撃や自然災害などのリスクを事前に予測する |
継続 | 問題が発生しても重要な機能を継続できるようにする |
回復 | 優先順位をつけて復旧手順を明確化し新たな脅威を防止する |
対応 | 日々変化するサイバー脅威に柔軟かつ継続的に対応する |
現代のデジタル社会では、自然災害や人的ミスによるシステム障害など、予測不可能な事態が発生した場合、企業は迅速に対応し、業務を継続するための準備を整えておく必要があります。もし、これらのリスクに対する準備が不十分なまま、実際に事件が発生した場合、企業は顧客情報の漏洩による信頼の失墜、業務の中断による収益の減少、企業全体のブランドイメージの低下など影響は多岐にわたります。
サイバーレジリエンスの必要性
企業にとって、なぜサイバーレジリエンスが注目されているのでしょうか。以下でその必要性を詳しく解説します。
新たな顧客やビジネスを獲得するため
サイバーレジリエンスの強化は、セキュリティ対策を強化するだけでなく、企業の成長につなげることができます。例えば、国際標準化機構が定めるISO/IEC 27001のような国際的なセキュリティ基準に準拠していることを示すことで、大企業との取引や海外展開において有利に働くことがあるでしょう。また、サイバー攻撃を受けても迅速に復旧し、事業を継続できる体制を整えていることを示すことで、投資家や株主からの評価も高めることができるでしょう。
リスクから企業を守るため
サイバー攻撃は企業のシステムに深刻なダメージを与え、多くの経済的損失をもたらす可能性があります。一度システムが侵害されると、機密情報の漏洩や業務の中断、システムの復旧に多額の費用がかかるなど、企業の経営基盤を揺るがす事態に発展する恐れがあり、企業の信頼にも深刻な影響を与えます。
取引先や顧客は、企業の機密情報が漏洩するリスクを懸念して取引を中止したり、別の企業に切り替える可能性があるでしょう。従業員は雇用不安を感じたり、モチベーションが低下したりするかもしれません。また、株主や投資家は企業の将来性を疑い、株価が下落するなどの事態も考えられます。サイバーレジリエンスを高めることで、企業は経済的な損失を最小限に抑え、取引先や顧客、従業員、株主などのあらゆる利害関係者からの信頼を維持することができます。
製造業のセキュリティリスクについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
企業競争力を高めるため
サイバーレジリエンスを高める取り組みをシステム開発に組み込むことは、業務効率化を促すだけでなく、企業全体の競争力強化に直結します。システム開発の段階からサイバーレジリエンスを高める取り組みを積極的に行うことで、企業はより強固な基盤を築き、持続的な成長を実現することができます。
サイバーレジリエンスで得られるメリット
サイバーレジリエンスを高めることで、企業は以下のようなメリットを得ることができます。
- 機密データの盗難を防ぐことができる
- 従業員の生産性が向上する
- 法的なトラブルを回避できる
- 企業のブランドイメージが守れる
各項目を詳しく解説します。
機密データの盗難を防ぐことができる
サイバーレジリエンスを高めることで、外部からの巧妙な攻撃や内部における意図しないミスによる情報漏えいなどの様々な脅威から企業を守ることができます。例えば、侵入検知システムを導入すれば、不正アクセスを試みる行為をリアルタイムで察知し、迅速な対応が可能です。そのため、機密データの盗難やシステムへの不正侵入などの事態を未然に防ぎ、高額なランサムウェア攻撃による経済的損失を回避することができます。
また、万が一、サイバー攻撃を受けてしまった場合でも迅速な対応と復旧により、顧客やビジネスパートナーからの信頼を維持することができます。
ランサムウェアについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
従業員の生産性が向上する
従業員の作業中断による業務の停滞は、生産性の低下だけでなく、売上減少や顧客からの信頼失墜などの損失につながる可能性があります。そのため、企業は、自社の規模や業種を問わず、サイバーレジリエンスの強化に積極的に取り組む必要があります。サイバーレジリエンスを高めることで、システムの停止時間を最小限に抑え、生産性の低下を防ぐことができるでしょう。
法的なトラブルを回避できる
現代社会において、サイバーセキュリティに関する法規制はますます厳しさを増しています。GDPRやCCPAをはじめとする各国・地域のプライバシー規制は、企業に厳格なデータ保護を求めており、違反した場合には高額な罰金や法的責任が問われる可能性があります。
そのため、サイバーレジリエンスを高めることは、セキュリティ対策の強化にとどまらず、法規制へのコンプライアンスを確保し、法的リスクを最小限に抑えるための重要な手段となります。
企業のブランドイメージが守れる
データ侵害やサービス停止は、企業が顧客から得ている信頼を根底から揺るがす深刻な問題です。このような事態が発生した場合、顧客は企業に対する不信感を募らせて離れてしまう可能性が高まるでしょう。しかし、サイバーレジリエンスを強化することで、これらのリスクを最小限に抑え、企業のブランドイメージを保護することができます。
サイバーレジリエンスを高める方法
サイバーレジリエンスを強化することは、企業の存続と発展に不可欠な戦略的な取り組みになります。以下で。詳しく解説します。
サイバーリスクを定期的に評価する
企業を取り巻くサイバー脅威は日々変化しており、種類や巧妙さも増しています。そのため、企業は潜在的なリスクを早期に特定し、適切な対策を講じるための仕組みを構築することが不可欠です。サイバーリスクの優先順位を定期的に評価する仕組みを構築することで、最新の脅威情報に基づいた対策を講じることが可能です。例えば、定期的にリスク評価を実施することで、常に最新の状況を把握し、変化に迅速に対応することができるでしょう。
サイバーセキュリティのルールや方針を確立する
サイバー攻撃の脅威が高まる中、体制を確立するための基盤となるのがルールや方針の確率です。ルールや方針が確立されることで、企業は以下のようなメリットを得ることができます。
- 経営層にとって重要であることを認識し、組織全体のセキュリティ意識を高める
- 組織全体のセキュリティポリシーを持ち、従業員が対策に積極的に取り組む
- 定期的にセキュリティ対策を検証し、新たな脅威などに対応するための改善を行う
- 全員がセキュリティ教育を受け、組織全体のセキュリティレベルを向上させる
サイバーレジリエンスを高めるためには、ルールや方針を組織全体に浸透させることが不可欠です。特に、現代の企業はサプライチェーンを通じて多くの企業と連携しているため、自社だけでなく、取引先やパートナー企業にも及ぶ広範な取り組みであるべきです。
社内外を含めたセキュリティ対策を強化する
サイバーレジリエンス向上には、社内外のあらゆる関係者との連携が不可欠です。そのため、社内では情報システム部門だけでなく、営業部門や開発部門などのあらゆる部門がサイバーセキュリティの重要性を認識し、協力体制を築くことが求められます。
また、 パートナー企業との間で定期的にセキュリティに関する情報交換を行い、共同でセキュリティ監査を実施することで、サプライチェーン全体のセキュリティレベルを向上させることができます。サプライヤーに対してもセキュリティ基準を設定し、その基準を満たす企業とのみ取引を行うことも有効です。
設計段階からセキュリティを組み込む
新しい技術や製品を導入する際には、設計段階からセキュリティを組み込むことが不可欠です。サイバー攻撃のリスクを大幅に軽減し、より安全なシステムを構築するためです。
具体的には、ソフトウェア開発プロセスでセキュリティコードレビューや脆弱性テストを導入し、開発チームとセキュリティチームが密接に連携することで、開発の初期段階からセキュリティ対策を徹底することが重要です。
サイバーレジリエンスに対する社員の意識を高める
サイバー攻撃は、全社員がサイバーレジリエンスの重要性を深く認識し、日々の業務の中で適切な対策を実践することが求められています。セキュリティ対策の知識を教えるだけでなく、社員一人ひとりがサイバーリスクに対する意識を持ち、自ら行動できるような文化を醸成することが重要です。
そのためには、定期的なトレーニングや意識向上、最新のサイバー攻撃の手法や対応するための最新のセキュリティ対策に関する情報を共有することで、社員は常に最新の知識をアップデートし、変化する脅威に備えることができます。しかし、効果的な人材育成を行うためには、専門的な知識と経験を持った人材が不可欠です。社内だけで全てのトレーニングを実施するのは困難な場合もあるため、以下のような人材育成サービスの活用がおすすめです。
企業向けDX・AI人材育成サービス
AI研究所の企業向けDX・AI人材育成サービスは、企業が抱えるDX推進における人材育成の課題を解決し、AI時代に必要な人材を育成するためのサービスです。ヒアリングで企業が抱えている課題や目指す目標などの様々な要素を考慮し、オーダーメイドの研修プログラムを作成するのが特徴です。eラーニングにも対応しているため、時間や場所を気にせず人材育成を行うこともできます。
企業向けDX・AI人材育成サービスでは、数々の人材育成現場をこなすコンサルタントがカリキュラム作成および講師を担っております。産業用IoTや3DCADなど企業向けの人材育成コンテンツやコンサルティングサービスをすべて対応できる講師陣で教育を行っているため、業務効率化や新製品・サービス開発のお手伝いも可能です。
サイバーレジリエンスを高める際の注意点
では、実際に自社でサイバーレジリエンスを高めるためには、どのような点に注意して取り組めば良いのでしょうか。以下では、サイバーレジリエンス向上に向けた具体的な注意点を解説します。
全社で取り組んでいく
サイバーレジリエンスの強化は、もはや一部の部署やチームだけの課題ではなく、企業全体が一体となって取り組むべき切迫した課題です。サイバー攻撃は企業の規模や業種を問わず、いつでもどこでも発生する可能性があります。そのため、経営層から一般社員まで、全ての従業員がサイバーリスクに対する意識を持ち、適切な対策を講じることが不可欠です。
様々な脅威に対応できるサービスを選定する
サイバー攻撃の手法は日々進化し、新たな脅威が絶えず生まれる一方で、これまで多くの被害をもたらしてきた攻撃手法も根強く存在しているため、企業がセキュリティサービスを選ぶ際は、最新の脅威への対応力だけでなく、従来型の脅威に対する確かな防御力も兼ね備えているかどうかを慎重に検討する必要があります。
これらの要素を総合的に評価し、自社のセキュリティ体制に最適なセキュリティサービスを選択することが、企業のサイバーセキュリティ対策の成功を左右する重要な鍵となるでしょう。
ドメイン単位でブロックできるサービスを選ぶ
マルウェアは、コンピューターやその利用者に危害を加えることを目的として作られた悪意のあるソフトウェアで、日常的に利用するメールやWebサイトに巧妙に潜み、企業システムに侵入し、甚大な被害をもたらす可能性があります。そのため、不審なメールやWebサイトへのアクセスを厳重に管理することが不可欠です。
特に、個人的な目的でアクセスするWebサイトの中には、マルウェアに感染している可能性のあるサイトも存在するため、企業では、事業と関連のないWebサイトへのアクセスを制限するなどの対策を講じることが求められます。そこで、ドメイン単位でWebサイトをブロックできるセキュリティサービスの導入を検討しましょう。
このようなサービスを利用することで、リスクの高いWebサイトへのアクセスを事前に遮断し、マルウェア感染のリスクを大幅に軽減することができます。
包括的にバックアップできるサービスを選ぶ
サイバーレジリエンスの考え方は、サイバー攻撃を防ぐだけでなく、万が一被害が発生した場合でも、いかに迅速に業務を復旧させるかという点が重要です。データバックアップは、そのための最も重要な対策の一つでしょう。
企業の重要なデータは、クラウド上に保存されているものもあれば、個々の端末に保存されているものもあります。これらのデータを包括的にバックアップすることで、万が一、システムがマルウェアに感染したり、ハードディスクが故障したりした場合でも、迅速にデータを復元することができます。
サポート体制が充実したサービスを選ぶ
企業のITシステムは24時間365日、常に攻撃の脅威にさらされているため、不審な動きを検知した際に迅速かつ適切な対応を行うことが不可欠です。しかし、専門的な知識や経験が不足していたり、人的リソースが限られている場合、適切な対応が取れずシステムダウンや情報漏洩などの深刻な事態に発展する可能性があります。
このような状況を回避するために、専門家のサポートを受けられるセキュリティサービスの導入が有効です。セキュリティ専門企業が提供するサービスでは、24時間365日体制で監視を行い、不審な動きをいち早く検知し、セキュリティ上の脅威が発生した時には、経験豊富な専門家が迅速に状況を分析し、適切な対応策を行うことができます。
サイバーレジリエンスは企業単位で取り組むことが重要
今回は、サイバーレジリエンスの概要や必要性、得られるメリット、高める方法、注意点を解説しました。サイバーレジリエンスはサイバー攻撃を受けても迅速に復旧し、事業を継続できる能力を指します。単に被害を防ぐだけでなく、被害が生じた際に早期に立て直すという意識が加わっているのです。
サイバー攻撃は、もはや企業にとって他人事ではありません。収益機会の損失や社会的信用の失墜を未然に防ぐためにも、企業はサイバーレジリエンスの向上に積極的に取り組むべきです。サイバーレジリエンスを高めることは、単なるコスト削減ではなく、企業の長期的な成長につながる投資なのです。