無響室は、室内で発生した音が壁や天井、床に一切反射せず、瞬時に吸収されるよう設計された特別な空間です。音響機器や家電製品の性能試験、静音性の検証など、音に関わるさまざまな研究や開発に欠かせません。
本記事では、無響室の定義や役割、構造、防音室との違いなどをわかりやすく解説します。どのような目的で無響室が使われるのか知りたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
無響室とは?
無響室とは、室内で発生した音が壁や天井、床などに反射することなく、すぐに吸収されるように設計された特殊な空間のことです。壁面全体に吸音材が取り付けられており、音の反射を極限まで抑えた環境が整えられています。
なかでも有名なのが、アメリカのワシントン州レドモンドにあるMicrosoft本社に設置された無響室で、「世界一静かな場所」として知られています。室内の音圧レベルは−20.6dBを記録しており、2015年にギネスワールドレコーズに認定されました。
室内は、人間の耳ではほとんど音を感じ取れないほどの静寂が保たれています。
無響室の価格
無響室の価格はとても高額で、設置には多大なコストがかかります。比較的小規模なタイプでも数百万円は必要で、本格的な設備や広いスペースを要する無響室になると、数千万円にのぼることも珍しくありません。
これは多くの専門的技術が必要とされるためであり、使用する場合は、購入ではなくレンタルが現実的な選択肢となるでしょう。
無響室ではどのような音が聞こえる?
無響室では外部の音が一切遮断され、室内の音もすぐに吸収されてしまうため、普段は気づかないような自分の体の音がはっきりと聞こえるようになります。
特に聞こえるのは、以下のような音です。
- 心臓の音
- 脈拍
- 呼吸音
- 血液の流れる音
- 関節の擦れる音
あまりにも静かな無響室に長時間いると、平衡感覚を失ったり、気分が悪くなったりする人もいます。なかには幻聴のような感覚に襲われることもあり、無響室に長く留まるのは想像以上に負担が大きいといわれています。
無響室での音の聞こえ方
無響室では、音を跳ね返す壁や天井が一切ないため、普段とはまったく異なる感覚で音が聞こえるのが特徴です。
通常の空間では、音は発生源から直接耳に届くだけでなく、周囲の壁や床に反射した音も一緒に聞こえます。
脳はこれらの情報を組み合わせて、音の位置や距離を判断しています。
しかし、無響室では反射音が存在しないため、音の方向や遠近感を正しく把握できません。すべての音が耳元で鳴っているように聞こえるため、強い違和感を覚える人もいます。
また、音の手がかりから空間の広さや物体の位置を認識できないことから、まるで周囲になにも存在しないかのような感覚になる場合もあります。
特に、室内の明かりを消すと、視覚的な情報もなくなるため、まるで空中に浮いているような不思議な感覚を体験可能です。
無響室の役割

無響室は、さまざまな実験や製品開発に活用されています。代表的な用途としては、家電製品の動作音の測定や、スピーカーやマイクなどの音響機器の音量や指向性の評価などです。
通常の空間では、音は壁や天井に反射して混ざり合ってしまいますが、無響室では反響音がほぼ存在しないため、製品が発する「本来の音」だけを明確にとらえられます。
このように純粋な音を測定できる環境は、製品の精密な比較やデータ取得において大きな利点となります。ほかにも、静音性を重視した製品の開発にも無響室は欠かせません。
また、無響室を自作することはできませんが、簡易的な防音室であれば自作が可能です。以下の記事では、簡易防音室を作る方法を解説しています。ほかにも、市販されているおすすめの簡易防音室や、選び方などについても紹介しているので、自分だけの静かなオフィスや配信室がほしい方は、ぜひチェックしてみてください。
無響室の構造

無響室では、ガラスが主原料の断熱材「グラスウール」を針金の枠と布でできた楔形に詰め、尖った方を室内側に向けて床・壁・天井に配置されています。
音波は楔状の吸音材に当たるたびにエネルギーを失うため、楔状にすることで吸音効果が高くなるのが特徴です。
また、外からの音や振動を遮るために、無響室全体が建物から切り離されるように弾性体で浮かせて設置されていることもあります。
このように、無響室は内外からのあらゆる音を遮断するため、吸音材の配置や構造には深い工夫がされています。
無響室と半無響室の違い
無響室は、構造や用途によって無響室と半無響室に分けられます。無響室と半無響室は、いずれも音の反射を抑えた静かな環境を提供する特殊な空間ですが、その特徴は以下のように異なります。
| 特徴 | |
| 無響室 |
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| 半無響室 |
|
無響室は、音響機器や小型製品の開発において、純粋な音を測定するために用いられ、特に高精度が求められる場面で活用されます。
一方、半無響室は床がしっかりしているため、車や大型装置などの大きくて重い製品の騒音試験や評価などに向いています。
用途や対象物によって、無響室にするか半無響室にするかを決めることが大切です。
無響室と防音室の違い

無響室と防音室は、どちらも外部の音を遮断する「遮音性能」では同程度の効果がありますが、「吸音性能」には明確な違いがあります。
無響室では、特殊な形状に整えられたグラスウール材を内装に使用しており、低周波から高周波まで幅広い音を効率よく吸収できます。音の反射が極限まで抑えられ、室内での音の響きがほとんど感じられません。
一方、防音室では板状のグラスウール材が使用されており、高い周波数の吸音には効果を発揮しますが、低い周波数の吸音性能は限定的です。そのため、防音室はあくまで簡易的な無響空間であり、音響測定などに使われる本格的な無響室とは用途も性能も異なります。
また、防音室について詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。防音室の種類や選び方、利用するメリットなどについて解説しています。ほかにも、個人で購入できるおすすめの防音室も紹介しています。
残響室とは
無響室と同じく、音響の実験に使われる施設として残響室があります。残響室は、音の吸収をできるだけ抑えて、音が長く反響し続けるように設計された空間です。
ぱっと見た印象ではコンクリートの壁に囲まれたモダンな空間のように見えますが、実際には音響特性を高めるための工夫が施されています。例えば、壁面はすべて垂直ではなく傾斜しており、天井付近や壁際には複数のアクリル製の反射板が取り付けられています。
この環境を活用すれば、ホールやスタジオの音響設計に使われる内装材の吸音性能を測定可能です。また、スピーカーなどの音響機器が、どれほど効率よく音を放射できるかを確認するためにも利用されます。
無響室が「音を消す」ための空間であるのに対し、残響室は「音を残す」ための空間です。
無響室を体験する方法

無響室の独特な静寂環境は、一般の生活では決して味わえない体験のため、一度は訪れてみたいと思う方も多いでしょう。
無響室を体験する方法はいくつかありますが、一般の方にとってはややハードルが高いのが現実です。
代表的な体験方法としては、以下の3つが挙げられます。
- 一般公開されている施設を予約する
- レンタルする
- 大学や研究機関で体験する
これらの無響室を体験する3つの方法について見ていきましょう。
①一般公開されている施設を予約する
一般公開されている施設を予約して使用する方法です。一部の研究機関や施設では、予約制で無響室を体験できるプログラムを設けていることがあります。
場所によっては無料で体験できる場合もありますが、基本は事前予約が必須です。
②レンタルする
無響室を有料で貸し出している企業もあります。こうしたレンタルサービスを利用すれば、無響空間を体験できるだけでなく、実際に音響測定を行うことも可能です。
料金は、機材使用の有無や利用時間によって異なります。本格的な体験が可能な反面、一定のコストがかかるため、個人利用にはやや敷居が高めです。
③大学や研究機関で体験する
大学や研究機関では、実験用に無響室を保有していることがあります。自分がその大学に在籍している場合は、教職員に相談することで見学や体験が可能になることもあるでしょう。
また、無響室を用いた心理学実験の被験者募集に応募することで、体験できるチャンスがあるかもしれません。
ジョン・ケージの「4分33秒」とは
アメリカ出身の作曲家「ジョン・ケージ」の代表作である「4分33秒」は、一切演奏を行わず、観客が耳にする環境音や自分の身体音を音楽として捉える斬新な作品です。
この作品が生まれるきっかけとなったのが、ジョン・ケージがハーバード大学の無響室を訪れた際の体験です。完全に音を遮断するはずのその空間で、彼は2種類の音が聞こえたと語っています。
一つは血液の流れる音で、もう一つは神経系が活動する音です。つまり、人間は完全な無音では生きられないという認識を得て、それを音楽作品として昇華させました。
このように、無響室は芸術にも影響を与える特別な空間といえます。
無響室についてのまとめ
今回は、無響室の定義や構造、用途などについて解説しました。無響室は、音の反射を極限まで抑えた特殊な空間であり、家電や音響機器の開発・測定など、正確な音響評価が求められる場面で活用されます。
また、無響室では日常では意識しない自分の体内の音まで聞こえることがあり、その静けさによって、いかに特別な環境であるかがわかります。人によっては、方向感覚や平衡感覚が乱れ、長時間滞在するのが困難になることもあるでしょう。
機会があれば、ぜひ現実ではなかなか味わえない静寂を一度体感してみてください。