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3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい(MagnaRecta 加藤大直氏)

さまざまなデジタルファブリケーターを使って個人でものづくりをする「メイカームーブメント」。日本でも毎年関連イベントが開催されますが、話題の中心になるのは3Dプリンターです。加藤大直氏は、3Dプリンターの製造・販売を行う「合同会社Genkei」の代表やオープンソースの3Dプリンター「RepRap」の日本コミュニティの代表を務めるなど、日本での3Dプリンターの普及に長年尽力されてきましたが、このたびGenkeiの組織を一新。「株式会社MagnaRecta(マグナレクタ)」として新たなスタートを切りました。一体そこにはどのような狙いがあるのか、加藤氏に3Dプリンターへの思いやMagnaRectaを創業した理由についてお話をお聞きしました。

捨てられた作品を再生するために3Dプリンターを自作

-まず、加藤さまのご経歴を教えて下さい。

加藤:大学は、ニューヨークのパーソンズ美術大学です。インダストリアルデザインを専攻しましたが、そこで大事にされていたのが「ものの起承転結を考える」ことです。これは、「単なる装飾的なデザインをするのではなく、どうしてこのものが必要なのか、そしてそれによってどのようなことが起きて、どういう風に使われ、どのように消費されていくのかを全部考える」ということです。その考え方は、今も私の中で強く生きています。そしてパーソンズでは、3Dプリンターを使った授業があり、個人的に3Dプリンターが欲しいと思っていました。

僕はパーソンズ卒業後、アメリカの企業に就職することにしていました。就職活動には、自分の作品を紹介するポートフォリオが必要になるので、卒業式が終わって、「そろそろポートフォリオを作るか」と思っていたのですが、そこで事件が起こりました。なんと、自分の作品が全部大学に捨てられてしまったんです(笑)。というのも、大学を卒業すると、新入生にすぐにロッカーを明け渡せるよう、卒業生のものが残っていると大学がすべて処分してしまうんですね。そうとはまったく知らなかったので、驚きました。

とは言え、捨てられてしまったものは仕方ないので、3Dプリンターで作品を全部再現しようと思ったのですが、当時は業務用の非常に高価な3Dプリンターしかなく、個人が気軽に買えるものではありませんでした。これは困ったと思っていた時、大学の廊下にオープンソースの3Dプリンターである「RepRap」のチラシが貼り出され、そこに500ドルで3Dプリンターが作れると書かれていたのです。それで興味を持って作り始めたのがプリンター作りのきっかけです。

そしていったん、マンハッタンにある建築デザイン会社にインハウスデザイナーとして就職したのですが、アメリカはデザインや流行の変化のスピードが速く、これはちょっと自分のやりたいことと違うなと思い。2011年末に日本に帰国しました。

3Dプリンターの会社「Genkei」の立ち上げ

-帰国後、Genkeiを立ち上げることになったきっかけは何だったのでしょうか?

加藤:帰国後、手動切削機を購入して自分の3Dプリンターを作っていたのですが、その時に有志を募って「RepRapコミュニティジャパン」を立ち上げました。そして自作の「atom」という3Dプリンターを、テクノロジー系のDIYイベントである「Maker Faire Tokyo 2012」に出展しました。その時に3Dプリンターを個人に向けて広めるために、プレゼンをさせてもらったんです。するとそのプレゼンがテレビに取り上げられ、大きな反響をいただきました。それをきっかけに、これは3Dプリンターを作る会社を立ち上げるべきだと考え、2013年3月に「Genkei」を設立しました。社名の由来ですが、僕はアイディアの「原型」が好きなのです。例えば市販車よりも、そのアイディアの元であるコンセプトカーの方が好きということです。そこで、3Dプリンターはアイディアの原型を形にするために使われるだろうと思って、Genkeiという名前を付けました。

そしてGenkeiでさまざまな3Dプリンターを作っているうちに、3、4年が過ぎたのですが、ふと、自分が本当にやりたかったことを考えてみたのです。

僕はただ、ものを作って販売するというのではなく、人が求めているもの、求められるであろうものを予測し、それに対して何をプロデュースしていくかという「コト」のほうをやりたかったんです。幸いにもハードウェアをずっと開発していたので、ものについては、IoT系から機械学習のデバイスまで作れるようになりました。そこで、コトと、ハード・ものを半々で進めていけるよう、今回「MagnaRecta」という新しい会社を立ち上げたわけです。社名は、「大きく、広い範囲で同時にいろいろ進めていこうということが頭にあったので「大きく、まっすぐ」という意味のラテン語からとりました。

3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい MagnaRecta 加藤大直氏

-Genkei時代より幅広いことができる土壌が整ったわけですね。

加藤:はい。MagnaRectaでは、3Dプリンターはもちろんやっていますが、新しい製品もいろいろ作っています。ロボットアームや、光造形機、レーザーカッターなど、ファブリケーションという名が付くものは全般的に作っていますね。

3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい MagnaRecta 加藤大直氏MagnaRectaのレーザーカッター「LaserOne」

開発した3Dプリンターは十数種類

-今までにどれくらいの種類の3Dプリンターを開発されたのでしょうか?

加藤:通常ラインナップよりBtoB向けの特注のほうが多いんです。大きいものから手乗りサイズまで、種類でいうと十数種類、総出荷台数は数千台といったところですね。

-メジャーな機種の特徴について教えて下さい。

加藤:それぞれ顕著な違いがあります。一番最初の「atom」はフルオープンソースの3Dプリンターキットで、なるべくプラスチックパーツだけで作るというのがコンセプトです。「atom」の次の「Lepton1」は、据え置き型として、インテリアとしてどう置かれるかを念頭において設計しています。造形サイズも若干大きく、「atom」が 14cm四方だったのに比べ、20cm四方が出力できます。

その次の「Trino」は、デルタ型と呼ばれているタイプで、高さ方向への積層が得意なので、フィギュアなどに向いています。ベッドが動かずノズルだけが動くので、造形品質もかなり高いです。また「Lepton1」の改良機の「Lepton2」では、作りやすさと堅牢さを改善しただけでなく、ツールチェンジシステムという、2つの素材、または2つの色で3Dプリントができる2射出機構を新しく考案しました。その機構は、プロ向け、産業用として広く使われている「TITAN」という大型製品でも採用しています。

3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい MagnaRecta 加藤大直氏デルタ形構造を採用したTrino600(左)とTrino500(右)

3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい MagnaRecta 加藤大直氏プロ向けの大型機「TITAN3」

3Dプリンターの開発や企業研修にFusion 360を活用

-加藤さまは、Fusion 360をどのように活用されているのでしょうか?

加藤:主に二つです。一つは、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタルファブリケーション機器を作る時。そしてもう一つ、お客さまが新しいことをゼロから立ち上げる際、もの作りが必要になった時には、やはりFusion 360を使います。わかりやすく、しかもインダストリアルグレードで設計できる3D CADは、Fusion 360しかないからです。そのために弊社では、お客さまに対してFusion 360の企業研修を行っています。

3Dプリンターで「ゼロからイチ」を立ち上げたい MagnaRecta 加藤大直氏デルタ形構造を採用したTrino600もFusin 360で設計された

-Fusion 360では、どのような機能をよく使われますか?

加藤:スカルプトモード、フォームモードをよく使います。ライノセラスのTスプラインをFusion 360で簡単に使えるというのが、僕の中では大きいです。あと、Mayaで作ったポリゴンをフォームモードに変換することもたまにやります。他のソフトも使っていますが、やはりFusion 360でないと軽快にできない部分は多々あると感じますね。

-加藤さまは、東京芸大で教鞭をとられていますが、どういう内容を学生に教えているのでしょうか?

加藤:僕が講師として招かれているのは、「ものの具現化」、つまり、画面上のものをどうやって具現化するかというところを学生に伝えるためだと思っています。講義で実際に使っているのは、Fusion 360とMayaです。学生には、この2つのソフトを使い、3Dプリンターやレーザーカッターで、自分で考案した製品を作ってもらいます。まずはFusion 360を使って、基本的な技能を修得してもらうこと。それを半年かけてやっていますね。

新しいコトやものを生み出す思いに寄り添う

-一時期、日本でも3Dプリンターのブームがありました。加藤さまは日本の3Dプリンターの現状に対し、MagnaRectaとしてどのように関わっていきたいとお考えですか?

加藤:今の日本は、受け身というか保守的な文化が強く根付いていて、なかなか新しいコトやものを生み出す環境が培われていないと思っています。

たとえば、3Dプリンターに興味があるものの知識は何もない一ユーザーが3Dプリンターを購入したら、とりあえず何かの部品やフィギュアを作ったり、もしくは誰かが作ったデータをそのまま出力してみたりといったことから始めると思います。それはそれでいいのですが、残念なのは、そのあとが続かないことです。3Dプリンターを購入する人は、事前に目的があることが多いと思うのですが、とりあえず1回作って、それで終わってしまうのです。

本来、3Dプリンターは、根本的にゼロからイチ、つまり新しいコトを立ち上げたいとか新しいものを作りたいという思いをかなえるためにあると思っています。3Dプリンターで橋や建物、またはバイオ系なら人工細胞を作るなど、まさにこれまでなかったものを実現させるというのが今の世界の情勢ですが、日本はそういう気配があまりないんですね。ですから、我々が一番力を入れたいのは、「お客さまが自分で考えたコト、新しいコトを、起承転結から一緒に具体化していきましょう」ということです。使用するデジタルファブリケーションは3Dプリンターかもしれないし、レーザーカッターかもしれない。あるいは全然違うプロダクトの可能性もありますが、MagnaRectaなら全部一緒にできます。そしてその際に使うソフトはFusion 360で、その講習も全部含めて最後のプロダクトアウトまで一緒にやりましょうということです。そのためにMagnaRectaを作ったのですから。

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