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「デザインマネジメント」という文化を日本に根付かせたい(エムテド 田子學氏)

「デザイン」は、単に製品の外見を指す言葉ではありません。デザインは思想であり、その思想に共感した人が増えることで、社会全体を動かす力となるものです。欧米では、そのようなデザインの力に着目し、個々の製品だけではなく、製品の持つ世界観を構築した上でデザインを考える、デザインマネジメントという概念が一般的になっています。そこで今回は、日本におけるデザインマネジメントの第一人者である株式会社エムテド代表取締役の田子學氏に、単なる製品の良し悪しにとどまらず、ビジネス全般に影響を与える、デザインマネジメントの重要性についてお話をお聞きしました。

新たに生み出した世界観を企業や社会の価値にする
デザインマネジメント

-まず、田子さまのご経歴とエムテドの事業内容を教えて下さい。

田子:私は東京造形大学を卒業したあと、東芝に入社し、プロダクトデザイナーとして家電やパソコンなどをデザインしていました。デザインマネジメントについて学んだのは大学です。プロダクトデザインとデザインマネジメントには、デザインを個々の製品として見るのか、それとも群としてその世界観を見るかという大きな違いがあります。デザインを単体としてみたら、一つの製品をどんなに美しくしてもそこで終わってしまいますが、そうではなく、まず製品を取り巻く世界観を構築してそれに基づいたデザインを生み出し、そこで生まれる哲学を企業や社会の価値にしていくのがデザインマネジメントです。東芝ではなかなかデザインマネジメントを実践する機会に巡り合いませんでした。東芝を退社後、リアル・フリートという会社にジョインし、独自の世界観を持った家電ブランド「アマダナ」でデザインマネジメントの実施を試みました。その後独立してエムテドを設立。現在はブランド構築や商品構成の世界観など、経営戦略を伴ったデザインマネジメントの実践に取り組んでいます。

-エムテドで田子さまが手がけた事例について教えて下さい。

田子:一番大きなものとしては、「ナルミ」ブランドで有名な、鳴海製陶という高級洋食器メーカーの事例があります。これまでの陶器業界は、昔ながらの高級志向な百貨店ベースでものを作り販売してきましたが、時代のニーズとずれてきている。早く違うマーケットを作っていかないと、次の世代の顧客につなげられない。実は日本の陶器業界は完全に崩壊寸前なんです。そこから脱するためにも、単なる商品開発ではなく、経営目線でブランド、デザイン、最終的には商品構成も含めて構築できないかという依頼でした。まさにデザインマネジメントです。

結局、約5年半一緒に仕事をさせていただきましたが、最後に生み出したのが「OSORO」という製品です。ナルミの主力商品であるボーンチャイナは普通の陶器に比べて高品質なのですが、現代の生活ではごく当たり前の電子レンジや食洗機には、ひびが入ったりするので使えません。これでは不便ですよね。そこでボーンチャイナを、形状や絵柄に凝ったアーティスティックな方向ではなく、プロダクトドリブンな全く新しい文脈で作ってみようと考えました。そこで、今までのナルミ製品の肌質感を保ったまま、普段使いも実現できるよう全く新しい土の配合を追求して、ついに完成にたどり着いたのがOSOROです。ちなみにOSOROは、鳴海製陶のような伝統のある会社が、現代の生活に合う商品を提供できるのはすごいということで、海外を含めると13くらいの賞をいただきました。

決裁権者との信頼関係がプロジェクトを動かす

-田子さまはいろいろな企業とデザインマネジメントに取り組まれていますが、どのように仕事を進めているのか、また、そのときに田子さまが一番重視しているものは何か、教えてください。

田子:まず初めに、どのように自分たちがその企業に貢献できるかを徹底的に議論します。そして次に具体的な話をするんですが、担当者が危機意識を持っている場合はスムーズに進みますね。ただ、危機意識を持っているのが担当者だけという場合もあって、それは一番厄介なんです。というのも、担当者に熱意があっても、その上の決裁権を持つ人たちが納得してくれないとプロジェクトは動かないからです。そういった意味では、執行役員や社長といった決裁権者の方といかに信頼関係を築いていくかというのが、一番大切なポイントだと思います。

「デザイン」という言葉が付いているとどうしても、「自分にはそんなセンスはないから」という話になりがちです。デザインには当然センスも必要ですが、重要なのはそこではありません。日本ではデザインとアートを勘違いしている人がすごく多いのですが、アートは、個人の思想や情熱です。一方デザインは、いろいろな人の共感を得ながら、社会全体をシステムとして機能させるためのものです。だから、色や形を決める作業をデザインと捉えるのはちょっと違います。デザインは、戦略を考え、それを達成するためにはどのような実行プロセスが必要かということまで含めて考えなければならない。そこが大きな違いです。日本の場合、デザインをするための創造性が非常に欠けているような気がします。

-では欧米のようにデザインマネジメントが日本の企業で根付くためには何が必要なんでしょうか?

田子:一番いいのは、企業が私たちのような外部の人間をどんどん入れて、一緒に新しい「実験」を楽しむことだと思います。ただその時に注意してほしいのが、外部のクリエイターを起用するコストに対する考え方です。日本のハードウェア系企業でよくあるのですが、クリエイティブな仕事を時間単位の工数計算で管理したり、クリエイターの生み出した成果をすべて所有できると当然のように考えているのは、ちょっと違うのではないでしょうか。そのような成果は、今後、企業の財産になっていくわけで、そこに至るまでの価値は単なるコストでは測れません。数字には換算できない資産価値という見方をしていかないと、よいパートナーシップも生まれないと思います。日本の企業がデザインマネジメントを進めようとする場合、クリエイティブに対する理解不足が大きな壁であり、超えなければいけないところだと思います。

海水のミネラルを使って陶器のようなプラスチックを開発

-ところで田子さまは、三井化学グループのオープンラボラトリー活動である「そざいの魅力ラボ」に、クリエイティブパートナーとして参加されていますが、その設立目的や、田子さまの活動内容を教えて下さい。

田子:三井化学に限らず、世界中の化学メーカーに共通する話ですが、まず一般の人たちは、化学メーカーが作る製品をあまり知らないのではないかと思います。たとえば、今の眼鏡は99パーセントがプラスチックレンズですが、そのプラスチックを作ったのは三井化学です。実は化学メーカーは、意外と私たちの身近にあるものなのですね。だからこそ化学メーカーは「こういう素材ができたから、これをこう使うと世の中に貢献ができます」という提案を社会に向けてすべきなのですが、現実にはそれが全然できていない。そこに三井化学が気づいたものの、今までの枠組みの中では違ったベクトルは出てこない。だったらいっそ、会社の中を引っかき回す存在を入れたほうがいいんじゃないかということで、私たちに声がかかりました。

そのようなこともあり、このラボのミッションは、今の延長線上ですでにある商材の使い方を提案するのではなく、全くのゼロからイチを生みだすことにあります。これで初めて価値が作れるわけですから、とても大切なところで、その実験を促す役として彼らと一緒にやっています。

-「そざいの魅力ラボ」から生み出された成果には、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか?

田子:2年前に「ライフスタイル展」という展覧会に三井化学グループが出展しました。その段階ではまだ実際の製品はできていなかったのですが「温度感が陶器と全く同じプラスチック食器」という提案をしました。

きっかけは「プラスチック食器で食事をしても、味気ないですよね」という研究者の一言でした。確かに、陶器の食器とプラスチックの食器とでは、食事の美味しさにものすごく差がありますよね。その理由はいろいろあると思いますが、一つは「熱」にあります。熱の伝わり方が陶器と同じようになっているほうが、絶対美味しく感じるというのは感覚でわかっています。それなら、そのようなプラスチックを作ろうということになったのです。

とはいうものの、どうやったら温度感が伝わる素材になるのか。あれこれとそこを掘り下げてみたら、海水に含まれるミネラルを抽出して入れるといいということがわかりました。でも、海水からわざわざミネラルを抽出するのは手間もコストもかかります。それでいろいろと調査したところ、近年、中東やアフリカで始まっている、海水の淡水化の技術が利用できる可能性に気づきました。淡水化のプロセスで、最後に残るのは海水に含まれていたミネラルです。では、そのミネラルを使ってみようということで生まれたのが、石油由来の原料が20パーセント、海のミネラルの添加量が80パーセントという、陶器の利点を持った新しいプラスチックです。枯渇資源である石油を100パーセント使ったプラスチックとは違い、資源の有効活用という点で社会貢献にもなるというストーリーが生まれ、事業としての美しい姿が見えてきました。そこで、このプラスチックを使った食器を、実験段階のものとして発表したわけです。もちろん、陶器とプラスチックでは、質感や硬さなどにも違いはありますが、温度感が違うだけで、美味しさが圧倒的に変わるのです。これは、すごく面白い発見でしたね。

展示会ではどれだけ興味を持ってもらえるか不安でしたが「うちの金型でテストしたい」など、多くの方から好評をいただいて、胸をなでおろしました。

三井化学自体はBtoBの企業ですから、顧客に対して提供するものは「ペレット」というプラスチックの粒です。では、そのペレットの優位点を何で語るかといえば、スペックとしての数字になります。確かに研究者の間では数字が一番わかりやすくて「これは以前のものと比べて○○が0.00…向上している」といえば通じるかもしれません。

しかし、プラスチックの粒々を一般の人に渡しても何がすごいのか全然わからないし、ありがたみもありませんよね(笑)。そのことを研究者が理解しなくてはいけないだろうということで、2018年3月に行われたイベントでは、プラスチック製のタンブラーを作り、限定販売しました。これは、ペレットとは違い商品としての形があります。消費者も、プラスチックの粒々がタンブラーになり、それを手に取れば「うわ、なんかすごいね」というのがわかるわけです。素材は同じでも、価値が変わる瞬間です。ここにデザインの力があります。

「デザインマネジメント」という文化 エムテド 田子學氏海水から抽出したミネラルを原料に使ったタンブラー。陶器のような温度感を実現

またもう一つ例をあげると、紫外線が当たると色が変わるプラスチック素材というものがあります。この素材はこれまで技術的な制約のために大きな製品には使えず、メガネのレンズのような薄くて小さいものにだけ使われていたのですが、その制約をなんとか超えられないかと研究者がこっそりいろいろとチャレンジしたところ、うまく成功したんですね(笑)。それで大きなスツールを製作したのですが、今回はさらに発展させて「紫外線が当たると色が変わるアクセサリー」を作りました。これは、たとえば部屋の中と外でブレスレットの色が変わるというUXを意識したファッション的な使い方以外にも、外出時に紫外線の強さが見てわかるというヘルスケア的な利用方法もあるかもしれない。これもデザインによって新しい価値が創造されたということです。

「デザインマネジメント」という文化 エムテド 田子學氏紫外線が当たると色が変化するアクセサリー。これ以外にも、シャツのボタンなど利用方法はさまざまに広がりそうだ

独立以来3D CADとしてFusion 360を愛用

-「そざいの魅力ラボ」から生まれたタンブラーやアクセサリーは、Fusion 360を使ってデザインされたそうですが、Fusion360の感想を聞かせて下さい。

田子:これまでにいろいろな3D CADを使ってきましたが、エンジニアリングのための3D CADとデザイナー向けの3D CADとでは全然違います。昔のものはエンジニアリングベースの製品がほとんどだったので、ユーザビリティがどうしても直感的ではないんですね。数値で制御していたんですが、それだと、こんな形にしてみたい、こう変えてみたいと思っても、自分のアイディアに実作業が追いついていかないのです。もっと感覚的に使えるようになるべきだと常々思っていました。

とはいうものの独立したときには他に選択肢もなかったので、以前から使っていたその3D CADを使おうと思っていたのですが、購入に数百万円、さらに年間保守料も200万円くらいするような時代です。これはちょっと負担が大きいので、どうしたものか知人に相談をしたところ、すすめられたのがFusion 360です。実際に使ってみたらとても使いやすくてびっくりして、それからはずっとFusion 360をメインに使っています。

Fusion 360が一番いいのはオールラウンドに使えることですね。たとえば、レンダリングをする時、今までは専用ソフトを使っていましたが、Fusion 360のレンダリングはとても優秀なので、Fusion 360だけでこと足りています。同じソフトの中で、ぱっとレンダリングできるのはとても便利です。

-Fusion 360の中でも特に気に入られている機能は何でしょうか?

田子:私はスカルプトはあまり使っていません。もともと使っていた3D CADの影響か、寸法拘束ができないと不安なところもあるんですね。だから実製品では、ソリッドモデリング中心です。ただ最近は、アクセサリーを作ることもあります。去年はミラノサローネ向けに指輪を製作しましたが、それはスカルプトで作りました。自由に形を作れて面白かったですね。やはり、Fusion 360ほどオールラウンドで使える3D CADは他にないと思います。3D CADという言葉でおさまらないというか、それを超えた感じですね。

「デザインマネジメント」という文化 エムテド 田子學氏タンブラーのデザインは、Fusion 360を用いて行われた

「デザインマネジメント」という文化 エムテド 田子學氏Fusion 360のスカルプト機能を使ってデザインされた指輪

-最後に、田子さまが今後挑戦したいことを教えてください。

田子:まだ誰もやっていない分野に対して、デザインマネジメントを根付かせたいと思っています。たとえば、保険、医療、製薬などの分野はまだまだデザインの余地があります。そのような分野で戦略を練って、最終的に、誰もがいいねと言ってくれるようなサービスやプロダクトを実現する。そのようなことをやってみたいと思います。

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