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サプライズを生むデジタルデザインプロセス(日南 デザインディレクター 猿渡義市氏)

Fusion 360は、自由に曲面を操れるスカルプト機能が充実していることが特徴です。そこで今回は、Fusion 360のスカルプト機能の達人であり、書籍『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』の著者でもある、株式会社日南 クリエイティブスタジオデザインディレクターの猿渡義市氏に、Fusion 360の活用方法についてお話を伺いました。

日産時代に「インフィニティ」や「マーチ」のデザインを手がける

-まず、猿渡さまが関わられたプロジェクトで、代表的な作品について教えてください。

猿渡:代表的なものとしては、K12のマーチです。先行開発から生産モデルまで全てのフェーズを担当しました。派生車になるカブリオレのコンセプトカーもデザインしました。

73_9.jpg2001年 フランクフルトオートショー

73_10.jpg2002年 パリ Micra C+C Concept mme concept

インフィニティブランドではエセレア・コンセプトです。このプロジェクトは自分でエクステリアデザインしながら3Dモデリングも行い、かなりのパートを自分でクリエーションしています。またプロジェクトチーフデザイナーとして、インテリア・カラーデザイン、プロモーションビデオ製作までプロジェクト全体のディレクションをさせていただいた、大変思い入れの強いプロジェクトです。

73_11.jpg2011年 ジュネーブショー INFINITI Etherea Concept

日南に移籍後も、自動車のデザインがメインになりますが、機密契約上、お話できない仕事がほとんどです。お話できるところでは慶應義塾大学SDMがハイパーループ(チューブ内を走る次世代交通システム)のコンペティションに挑戦していますが、そのPODをデザインさせていただき、ボディー製作は日南でスポンサードいたしました。

私が日南に入った理由の一つとして、これまでの経験を活かして新しいものづくりのスキームを構築したいという思いがあります。新しいものづくりのスキームを、スタートアップの起業家や学生に伝えたらと考えています。

73_1.jpg慶應義塾大学Keio ALPHAチームの1号機も、Fusion 360を使って設計された

73_2.jpgコンテストで好成績をおさめた慶應義塾大学Keio ALPHAチームの2号機

マーチの丸いランプは”ハッピー・アクシデント”によって誕生した

-猿渡さまは、CADをアイディエーションツールとして活用し、どんどんブラッシュアップしていく手法でデザインをすると伺いました。それによって、うれしいハプニング”ハッピー・アクシデント”が起きたことはありますか?

猿渡:マーチ K12のプロジェクトに携わっているときに、記憶に残るハッピー・アクシデントが起こりました。

マーチ K12のデザインのイメージとしては、タイムレスとかユニバーサルデザインみたいな、長生きするデザインを目指していて、現行車のDNAを引き継ぎながら新しさを感じるデザインに挑戦していました。当時は、グリルの横にランプがあるレイアウトが一般的でした。そこでランプを上にずらして、レイアウトを変えたいという構想がずっと頭の中にありました。2カ月間ずっと絵を描き続けましたが、コレだというアイデアにはたどり着けないでいました。

デザインの締め切り間近、最後の最後にこれまで描いてきたイメージをいったん忘れて、手法を変えてCAD(Alias)を使って3Dスケッチをトライしました。立体構成は強いイメージがあったので、ロアボディに球状のキャビンを埋め込んだボリュームをまず作りました。その立体をグルグル回して眺めながら、何気なく後ろに丸を投影したんですね。そしたら、それが前まで貫通していて、それを見た瞬間、『キターッ!』って感じでした。そこに円柱のボリュームを付けてグリルをレイアウトしてマーチの原型が完成しました。2カ月間悩んで悩んで、どれだけの絵を描いてきただろう……。

しかし、その時は一瞬で起こりました。神が降りてきた瞬間でした。デジタルプロセスにはこういうハッピーなアクシデントが起こります。試行錯誤の中でたくさんのヒントを発見できるアイディエーションの手法です。

73_12.jpg

-猿渡さまは、デジタルツールに否定的だった頃もあったと伺いましたが、それはどうしてですか?

猿渡:当時はまだそんなにCADソフトが普及しておらず、デジタルのワークフローもそんなに整っていなかったし、手探りな感じがあってアナログでやったほうがコントロールしやすかったんですね。デジタルツールに否定的だったのは無知なだけだったと思います。

このようなCAD(Alias)は、まだオートデスクが買収する前の時代で、何千万もするワークステーションでした。当時はまだ個人用のPCはなく、共有端末のMacが数台あるという環境でした。Aliasは、CADルームに行かないと触れないっていう時代だったんですよね。

我々はデザイナーだったので、デジタルモデラーじゃなきゃCADソフトは使えないという時代。CADの操作をするモデラーの隣で、デザインの指示を出すというワークスタイルでした。当時は残業規制も今ほど厳しくはなかったので、デジタルモデラーたちが帰ったあとに、自分でCADを触りはじめてみました。始めはうまく使えなかったのですが、だんだんと思うようにコントロールができるようになってきて、デジタルツールの良さに気づきました。

73_3.jpg

Fusion 360の強みはコミュニティの広がり

-猿渡さまが考える、Fusion 360の強みは何でしょうか?

猿渡:ソフト自体も優れていると思いますが、コミュニティが今までのソフトにない広がりを持っているところですね。また、わからないことを検索できたり、質問できたりとサポートをしてもらえるフォーラムがあるので、ユーザビリティが優れています。

ユーザー同士のつながりもあって、作品をギャラリーにアップすれば、世界中いろんなところからコンタクトがあります。イベントに行けば名刺代わりになります。『これ作ったのお前なの?』みたいな。そんなコミュニケーションが取れるのはけっこう嬉しいです。

-学生からプロまで、Fusion 360はユーザーの幅が広いですよね。初めて3D CADを使う人がFusion 360を選ぶということも多いようです。

猿渡:一つのプラットフォームで何でもできちゃうというのも魅力ですね。学生、スタートアップの起業家はフリーで使えるのもありがたいです。オートデスクのサポート体制やユーザーのコミュニティのつながりも広いので、わからないことがあったら誰かが助けてくれます。本当にプロとアマ、国境、時間的なボーダーがなくなった感じがしますよね。世界中でたくさんの人が同じツールを使うことでコミュニケーションがスムーズになり、その先にたくさんのイノベーションが生まれると思います。

Autodesk University Las Vegasでのセッションが大好評

-2017年11月14~16日に、ラスベガスで開催されたAutodesk University Las Vegas 2017で講演を行い、大好評だったそうですね。その内容について教えてください。

猿渡:私がAutodesk Universityに参加したのは2回目なんですが、スピーチをしたのは今回が初めてです。前回、いろんなセッションを見ましたが、AUの参加者は高額な参加費を払ってきているので、つまらないと思ったら席を立って帰ってしまう。セッションの最後には聴講者が5人くらいしか残っていないということもしばしば……。その雰囲気をわかっていたので、いざ自分がスピーチをするとなると、ちょっとビビってしまいましたね(笑)。

今回のAutodesk Universityの日本人講演者は数名でした。私は、Fusion 360のスカルプト機能を使って、自動車をデザインしていく方法やテクニックを解説しました。実際のワークフローを全て動画に収め、ポイントとなる部分を説明したのですが、これぞというテクニックを紹介すると、会場の聴講者たちがとても熱狂し『Jesus!』という歓声が起こりました。途中で退席する人はいませんでした。参加者に喜んでもらえて本当に良かったです。

73_4.jpgAutodesk University Las Vegas 2017での猿渡氏の講演の様子

73_5.jpg会場の聴講者たちから『Jesus!』と歓声が上がった、レンダリングの作例

デザインの力で社会の問題を解決していきたい

-猿渡さまの仕事に対する理念を教えてください。

猿渡:もともと家業がプラモデル屋だったので、今もやっていることの根本は変わっていないですね。違いはミニチュアと本物ということでしょうか。しかし、プラモデルづくりと比べて自動車などのものづくりは実用的でリアルですし、思い描いた夢をデザインに落とし込んで形にできる。デザインという仕事の一番の魅力ですね。

ただ自分の趣味的なものじゃなくて、社会的にいろんな問題を解決できる。それがデザインの力だと思います。現在はソーシャルデザインや、途上国の開発の手伝いなどにも携わっており、社会に貢献ができる喜びを感じます。

いろんなプロトタイプを作り、現地にて実証実験をするんですが、ユーザーからのフィードバックが楽しみなんです。今まで不便だったものが改善され、笑顔のレポートが届くとモチベーションが上がります!

スカルプトをマスターしたい人におすすめの『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』

-最後に、2017年9月に出版された書籍『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』についてお話を聞かせてください。スカルプト機能に特化した本というのが特徴ですね。

猿渡:そうですね。スカルプトを解説している書籍は少ないので、自分のメソッドが少しでも参考になれば幸いです。

-動画も用意されていますし、スカルプトをマスターしたいという人にはとてもいい本だと思います。

猿渡:もともとは中級者向けの本ということでお話をいただいていたんですが、書いていると結局、『最初から解説していかないと難しくて駄目でしょ』ということになりました。スカルプトは、本当に感覚的で、言葉で説明するとすごく難しいので、それなら見て覚えられる動画を作ったほうがいい、ということになり、初心者でもスムーズに取り組めるように入門編のビデオがダウンロードできるようにしました。私は、こういうマニュアル本を書いたのは初めてなんですが、『こういう本を待っていた』とか、嬉しいリアクションを多くの方からいただきました。海外からも英語版を期待されています。

-バイクといった作例がとてもカッコイイので、作品を早く完成させたい気持ちになり、習得も早くなりそうですね。

猿渡:そこも売りになっていると思います。

73_6.jpg猿渡氏によるFusion 360の作例

-透明なものの設定など、レンダリングの説明も詳しく書かれていると思いました。

猿渡:そうですね。透明マニアなので(笑)。このあたりも他の書籍と違うところだと思っています。最終的に、プレゼンなどで人に伝えるためには、より魅力的に見えるようにしたほうがいいと考えているので、レンダリングの設定や背景の選び方なども、デザイン視点で書いています。

73_7.jpg猿渡氏が執筆した『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』。スカルプトをマスターしたい人に最適

73_8.jpg『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』で解説されている作例を3Dプリントしたもの

『Autodesk Fusion 360 Sculpt Advanced』を参考に作品づくりをすると、クオリティアップの近道になりそうです。

Fusion 360でスカルプトをマスターしたい人は、ぜひ参考にしてみましょう。

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